愛に恋

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首尾の松

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広重の第61景 「浅草川首尾の松御厩河岸」(安政三年八月 夏の部)
船で吉原へ向う遊客がこの松を見て今宵の首尾を語り合ったのが由来らしいが、はて?
 
「船で吉原へ向う遊客」
 
つまり、今から吉原へ向かう訳だ。
最近では「首尾は上々」などという言葉もあまり聞かなくなったが時代劇などでは単に「首尾は如何した」、または「首尾は?」と訊くだけの場合が多い。
つまり、事の成り行きや結果を訊いていることになるのだが、今から吉原に向かうのであれば、まだ事の成り行きが無い訳だから話の種は、「今宵は梅吉目当てに常盤楼にでも登楼するか」ってなもんだろう。
または「銭はふんだんにあるからよ、三日ぐらい流連してもいいぜ」と、こんな会話が聞こえてきそうだが。
考え過ぎかも知れないが、どうも首尾と聞くと帰り船を想像してしまうのだが。