愛に恋

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クリムト―世紀末の美 講談社文庫―文庫ギャラリー

1860年生まれの作曲家、グスタフ・マーラー1862年生まれの画家、グスタフ・クリムト、その両者と深い関係になり、結果的にマーラーと結婚した女性がアルマ・シントラー。
と言っても私はまったくこの女性を知らない。
 
クリムトと言えば絢爛豪華な金粉作りの絵、愛と官能、生と死をモチーフに世紀末のウィーンで頽廃の美を追求した天才画家というイメージだが、この画集を見ていると常にめくるめく官能美を求めて裸体ばかりを描いていたわけではなく、かなりの風景画も残しているが自画像だけは描かなかった。
その理由として彼はこんなことを言っている。
 
私の自画像はない。絵の対象としては自分自身に興味がない。むしろ他人、とくに女性、そして他の色々な現象に興味があるのだ。
 
しかし、特に関心を抱いたのはやはりエロス。
 
クリムトが男女のエロスに深い関心を抱いたのは、それが生と死をつなぐ輪廻の結び目の役割を果たしているからだ。
 
とあるが、なるほど、確かにエロスは人間の根源であり神秘の源、連綿として性の営みが続いたればこそ今の我々もある。
それにしてもクリムトが描くエロスは官能という呼び名がピッタリ。
女性は恍惚の薄ら笑みさえ浮かべている。
彼は性のはけ口をモデルに求めていたらしいが、女性のオーガズムの表情を画家として見過ごさず、鋭い観察眼を持ってキャンパスに描き出す。
私の印象では裸体の描線を曖昧模糊とさせている点がエロスを一層際立たせているようにも思う。
 
画家の持つ才能というのは見たままを写実的に描く能力にも唸るが、視点で捉えたものを脳内で崩し抽象化した独自の世界で展開する技量には恐れ入る。
文士は発想、画家を想像、何れにしても思い描いているだけでは話にならない。
それを原稿用紙、またはキャンパスに描いて見せなければ。
いつの時代も人類は名文名画を必要としている。
でなければ我々凡人は生きる喜びが半減してしまう。
動物に草食と肉食があるように人間にも天才と凡人が居るからこそ芸術は生きてくる。
官能という密室の芸術こそ、しなだれた頽廃の美ということになるのだろうか。