沢村貞子と聞いて、すぐ顔を思い浮かべれる人は、やはりある程度の年配者なんだろう。
貞子本人は数多くの映画やドラマに出演したが、名脇役という肩書からも分かるように代表作というのが思い浮かばない。
黒澤映画でお馴染みの藤原釜足は元夫でもあるが、経歴をみると、どうやら3度の結婚歴がある。
この本に書かれている五十年連れ添った相手というのは文筆家の大橋泰彦という人だが、この方については全く知らない。
二人の馴れ初めは昭和20年の暮れで、以来、夫が死ぬまでの約半世紀のことが掻い摘んで書かれている。
事の始まりは1994年、出会ってから翌年で50年になるのを記念に誰読ませるわけでもなく交代で思い出すまま昔を書き連ねていくつもりのはずが、初回だけ書いて御主人が亡くなってしまった。
後は貞子が大好きだった亭主の思い出をつれづれなるまま綴った作品になった。
中でも印象に残ったのがこの場面。
およそ、今から70数年前のこと。
渡月橋と違い、あの辺りには人が疎らで季節によっては鵜飼のシーズンもあるらしいが、私が行った時は人が殆ど居なかった。
思うに二人が座った石とはどの石なのか、非常に感慨深い。
私が旅先で思うことは、人、それぞれの胸の裡に大事に仕舞われている旅した時の懐しい思い出が、その人たちの死と共に永遠に消え去っていく人生の儚さだ。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
50年紡ぎ合って来た愛の形が相方の死によって淋しく崩れ去ったときの心の損失感は如何ばかりであろうか。
二人には子はなく、遺された妻の哀しみだけが涙のように筆先からこぼれ落ちて文章になる。
誰もが通るこの道。
読むほどに、読むほどに悲し随筆だった。
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