昭和ファミリー小説の決定版とあるが確かに面白い。
まず、タイトルがいい!
『末の末っ子』、つまり予定外の妊娠出産だったというわけだ。
阿川弘之氏には三男一女の子があり、その三男誕生が51歳の時とある。
まるで孫のような年齢差の子供が産まれ、周囲から冷やかされたりからかわれたりの顛末を私小説風に書いた作品のようだ。
しかし、皆さん鬼籍に入られたことが残念でならない。
「人のことを飲み打つ買うと言うけど、飲み打つ買う産むというのが居るけど知っとるかね君」
妻の妊娠を知って焦った本人は、取り敢えず紹介された病院へ血液検査に出向く。
医師との会話・・・!
「何か自覚症状がおありですか?」
「いや、それは別にないのですが、7月に3週間ばかり、東南アジアを旅行しまして」
「はあはあ」
「旅行中、何度かそういう機会がありましたもので・・・」
「予防措置はなさいませんでしたか?」
「しませんでした」
「そして帰国後、うちでつとめを果たしましたところ、思いがけずこういうことになりまして」
「はあ、なるほど」
阿川さんという作家は失礼ながら勤勉実直な堅物かと思っておりましたが、意外と人間臭いところがあったんですね。
更に遠藤周作に秘書候補を紹介してもらった後の会話も面白い。
「乃木大将と東郷元帥と、どっちが陸軍でどっちが海軍かも分からない。志賀先生の作品もほとんど読んでないらしい。折角の御紹介だが、どんなもんだろうなあ」
「いやならやめろよ」
大正昭和の日本文壇に「名山」の如く立っていた志賀先生。
折角なのでここに記載したい。
君去ツテ春山誰ト共ニ遊バン
鳥啼キ花落チ水空シク流レン
如今別レヲ送ツテ渓水ニ臨ム
他日相思ハバ水頭ニ来レ
なるほどね!
阿川さんは論語のこんな言葉を引用しているが、長命を保つだけでは駄目で人間としての尊厳のような意味合いを感じるが。
其ノ人トナリヤ、発奮シテハ食ヲ忘レ、楽シンデハ憂イヲ忘レ、老イノマサニ至ラントスルヲ知ラザルノミ
友は野末の石の下
小説は面白かったが、何か、阿川さんの気持ちが憑依したようで私まで哀しくなる。