日記・手紙・手記・随筆(読書録)
古川緑波は昭和36年の1月16日に亡くなっている。 もう大変な美食家でこの本を読む限り、仕事の話しや家庭のことなどは殆ど出てこない。 とにかく食べて呑んで、呑んで食べての食道楽。 人気絶頂の頃で、あまり金銭的に困った様子もなく戦時中、食糧難の時代…
監修は東條英機の孫で東條由布子となっているが、英機の長男、英隆氏の長女由布子さんは2013年2月13日に逝去された。 本書はタイトルが示すとおりの「育児日記」で、どちらか一方というわけではなく、夫婦で長男英隆誕生の喜びから育児の大変さを慈愛に満ち…
歴史上の人物の日記というのは目的が二種類に分かれる。 後世、公になることを想定して書かれているものと、そうじゃないもの。 中には死後、破棄、焼却を遺言したにも関わらず、何らかの理由で遺族が遺したものもある。 しかし手紙やハガキ類はどうだろう。…
早稲田南町の漱石宅には以前から訪問客が絶えなかったので、鈴木三重吉の提案で面会日を毎週木曜日午後三時以降と定めるようになったが、いつしか若い文学者たちなどが集まり「木曜会」という文学サロンへと発展していく。 それを纏めて内田百閒が昭和29年に…
毎度の事だが感想文を書くのに劈頭、何から書き出していこうか、時に、湯舟に浸かりながら黙々と考えることがある。 中には書評の上手い人もいるが、拙い文章で悪戦苦闘、まあご勘弁あれ。 本書は、原敬の養子、原奎一郎氏が1971年に刊行したものを、中央公…
本書には著名な30人の恋文が掲載されている。 少し面倒だが名を連ねてみる。 左藤春夫、谷崎潤一郎、島村抱月、川田順、山本五十六、太宰治 斉藤茂吉 竹久夢二 芥川龍之介、島崎藤村、北村透谷、堀辰雄、樋口一葉、高見順 岡倉天心 夏目鏡子、森鴎外、横光利…
書籍名はあくまで『林芙美子 巴里の恋』であって「巴里の恋」林芙美子ではない。 まあ大したことではないが、これまで幾人かの日記を読んできたが著名人の日記は凡そ二種類に分類される。 後世、公になることを前提として書いている。 例えば政治家の日記な…
『随感録』の随感とは感じたままという意味。 『濱口雄幸遺稿集』として発売されたもので、 濱口雄幸(おさち)は昭和初期の総理大臣だが、昭和5年11月14日、昭和天皇行幸付添いのため東京駅現10番線ホームを歩いていたところを狙撃された悲運の人。 この本…
この平成の御世にこんな本を読んでいる人が居るのかという代物ですね。 本来、販売目的で書かれたわけではない志賀直哉(26)木下利玄(23)山内英夫(21)の道中日記で出發は明治四十一年三月廿六日。 因みに山内英夫とは里見弴のことです。 帰京後、参集し…
まさかゴッホの手紙を読むことになるとは考えてもみなかったが、しかし以前、一度だけ、この大作に挑戦してみようかと思ったことがある。 2001年、みすず書房から出たこれだ! ゴッホ没後100年を記念して1990年にオランダで刊行、翻訳出版されたものだがこれ…
弟テオに送った膨大な手紙は、往復書簡の形を取っていないため、一方的にゴッホのものだけを読んでいるので、どうも話が解りにくい。 ましてや殆んどの登場人物を知らないので尚更だ。 熱意や美術論で押しまくり、南仏アルルを拠点に印象派の工房を作るのが…
「芸術のうちに、神に値いする人間の偉大な資質が含まれないとしたら、それは凡庸陳腐な言葉と化すだろう。人類の最も気高い知彗から生まれた力強い心理や理由さえも、大衆にはなんの理解も印象さえも与えず、芸術家はそれをはっきり示そうと絶えず神の救い…
最近、日本でもドン・ファンなる人が死んで20代の妻がいることを知ったが、芸能界でもこのような歳の差婚は珍しくない。 まあ、他人事で要らぬお世話なのだが、75歳になった時にいくら美人でスタイルがいい相手が現れたからといって28歳の女性と結婚できるか…
今現在、いずれ読みたいと思っている本は430冊ほどあるのだが、先日のように古書市に出向くと必ず何冊かは見つかるもので、そんな時は必ず「あっ、あった!」と呟いてしまう。 その一冊が今回の内田百閒『恋日記』だったのだが、読んでみるとこれが意外に手…
菊池寛はこんなことを言っている。 「故人老いず、生者老いゆく恨みかな」 芥川や直木を偲んでの発言であることは間違いない。 時間は無情にも生者にのみ長れていく。 芥川文さんが未亡人になったのは28歳の時。 それからの40年、夫への思いを訊き語りして…
本題を前に少し気になったので同世代と思われる以下3人の生没年月日を調べてみるた。 獅子文六 1891年7月1日~1969年12月13日 76歳 徳川夢声 1894年8月13日~1971年8月1日 77歳 大佛次郎 1897年10月4日~1973年4月30日 75歳 なるほど、殆ど同時代を生き生ま…
武田百合子は夫泰淳の死から文筆活動を始めたので極めて寡作だが、作品の純度は高く日記文学者としての地位を確率している。 作家としての修行時代があったわけではないのに書き溜めていた日記が評判を呼び著述家として世に出た。 確かに評判通り天性の才が…
昭和30年代、子供のお小遣いは、おそらく1日10円と相場が決まっていたのではなかろうか。 その10円でお好み焼きが食べれた時代、まだ至る所、網の目のようにちんちん電車が走っていた。 キャラメル、ガム、チョコレート、アイスクリーム、そしてお菓子の量り…
以前、BSの『原宿ブックカフェ』という番組で紹介されていたので、なら読んでみようかと思い、早速手に取ってみたが丸谷才一の博覧強記だけが印象に残る本だった。 テレビ解説者が言っていた「遅刻論」の章だけを頼りに購入したようなものだから、その触りの…
祖父は明治の終焉を知っている。 父は大正の終焉を知っていた。 そして私は昭和の終焉を知り、今また平成の終焉があと1年に迫ったことを知る。 昭和が終わろうとしていたあの日、平成生まれが居なかったあの時代。 昔は三代といえば明治・大正・昭和と言われ…
ロッパの随筆を読むのは『ロッパの悲食記』に続いて2冊目だが、この人は本当に美食家だったんですね。 前回に比べて、それほど食の話しは出てこないが、それでも飯のネタは尽きない。 それをエネルギーにかどうかは知らないが、脚本家でもあり読書家だったロ…
昭和51年、『落日燃ゆ』という終戦ドラマを見た。 文官中、ただひとり絞首刑となった元首相広田弘毅の生涯を描いた物語で、原作は吉川英治文学賞を受賞した名作。 広田役を演じたのは名優滝沢修で素晴らしい作品だった。 それが城山作品に触れた初めての出会…
昭和44年に約1ヶ月かけて旧ソ連領を旅した時の紀行文、或は日記といってもいいが、1日の出来事を平均して12ページぐらいは書いている。 どこを読んでも「ホテルへ帰り、日記を書く」というくだりはないが、見聞したこと使った料金などを実に細かく記載して…
鏑木清方の随筆『明治の東京』という本を読むと、さすがに明治生まれの人、漢学の素養もあってか名文が多い。 半世紀ともなると難福交々(こもごも)、一見何の奇もなく無為に過ぎたようでも、越えて来た山河は険しい、祖母は神信心の篤い人だったので、一家…
大正版、西野カナと言っては失礼だが、まあしかし、会いたい、切ない、夢にも会いに来てと乙女心炸裂の手紙と言えばいいだろうか。 現代でも純愛という言葉が生きているかどうか知らないが、大正の昔、意志の伝達が殆ど手紙という手段しかないとなると、それ…
小林一茶は現在の長野県信濃町柏原に宝暦十三年(1763)五月五日に父弥五兵衛、母くにの長男として生まれている。 身分は中農の上で本名は弥太郎、三歳で生母と死別、八歳の時に継母が来て、二年後、腹違いの弟仙六が生まれる。 その後の弥太郎は継母に虐げ…
昭和39年7月から41年9月まで。 佐田啓二、谷崎潤一郎、高見順、三木露風、山田耕作の死亡記事あり。 当時、私は小学生だけあって全く記憶にないがリアルタイムで書かれているだけに生々しい。 かなり記憶力がいいのか、一日の買い物の値段から朝、昼、晩と何…
随分と長い時間を要してしまった。 偉大な芸術家の心の奥底を覗くというのは大変だ。 小津さんという人は本当はかなり淋しがりやで孤独を嫌った人だったのだろう。 しかし仕事に関しては徹頭徹尾、プロフェッショナルに徹する。 大正時代、赤木桁平という人…
何で私が磯部浅一の『獄中手記 ・行動記』みたいな本を読まなければいけないかってなもんですね。 そもそも磯部の思想を理解するような頭脳も行動力も持ち合わせていません。 二二六に関しては過去、かなりの本を読んできたが五一五ほど事は単純ではない。 …
手記は第一次大戦後の1919年、29歳の頃に書かれたものだが、この若さで既に精神を病んでいる。 ニジンスキーは、驚異的な脚力による『まるで空中で静止したような』跳躍、中性的な身のこなしなどにより伝説となったとあるが、彼の何がどう天才的なのか無論、…