愛に恋

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《絶望》 ギュスターヴ・クールベ               

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「十兵衛、十兵衛は居らぬか」

「おお上様、随分と遅いお帰りで、皆の者も心配しておりましたぞ。して、首尾は如何相なりましたでしょうや」

「そのことじゃ。まあ座れ。少し早めに行って20分ほど待たされての、まあ、腹をくくって行ったわけよ。拙者はの、前の耳鼻咽喉科では変色して膿が出ていると言われたが、さような事になっているのかと訊くに、早速医師は余の病名を告げおったわ。その後からが長かった。心電図、CT、レントゲン、採血と検査なのだが、採血なんどは前回は4本だったが今回は6本も採りおった。十兵衛、余の病名は何じゃと思う」

「わたくしは医術のことに関してはとんと疎いたちでして、分かり申しかねますが」

「そうか、余はの、一万人に一人の割合で罹る悪性リンパ腫じゃと言うのじゃ。どうだ、わしらしい病気じゃろう。11歳の時に父に死なれて以来、天涯孤独になり、艱難辛苦の連続で浮世を泳ぎ切ったわしには相応しかろうに」

「上様・・・」

「十兵衛、泣くことはない。つまりじゃ、本能寺はもう少し伸びるというわけじゃ。平らかな世を作るには今少し時が必要になったわけじゃ。わしは来月から養生せねばならぬ。藤吉郎は毛利攻めで忙しい。勝家は越前で上杉と闘っておる最中じゃ。お主が取り敢えず安土城に入り、帝との折衝に当たれ。万全を期すのじゃ。お主ならぬかりなく出来ると思う。わしが留守の間は、そちに万端任せた。よいな、わしが戻って来るまでは荒波を立てるな。北条や島津のことはそれからじゃ」

「相分かり申しました。不肖光秀、上様のご期待に沿うよう全身全霊で事に当たります故、どうぞ、ご安心下されたく」

「そうか、では心置きなく行って参る。ところで何じゃ、今宵の絵師が描いた絵は、何が絶望じゃ。余は絶望などしておらんわ。即刻とっ替えよ」

「はぁ、分かりまして御座いまする」

「看護師の奴、閉所恐怖症はありませんかと訊きよったからに、四谷怪談のお岩さん以外ないと言ってやったら高笑いしおったわ、はぁははは」