過去、フランス革命に関する本は2,3冊よんだだろうか。
然し、これはあくまでも革命の点の部分で、線で繋ぐものは何も読んでいないため、革命勃発からナポレオン登場に至る経緯は全く知らない。
然し乍ら佐藤賢一氏が『小説フランス革命』18巻を書いているので、いつの日か読めたらいいなと思っているが、これはなかなか大変で。
読み通した人があまりいない所為もあってかブックオフでも見たことがない。
扨て、問題のナントの虐殺だが、この本を手にするまで本件のことは聞いたことがなかった。
何が行われたのか歴史探偵マルデ・ダメオとしては実に気になるところ。
フランスの地理に疎い私は、ナントが何処にあるのか調べてみるに、
現在では。
ナントはフランス内陸に流れるロワール河がアフリカに繋がる海に流れこんでいる港町で、交通の便が良かったので商業も盛ん、商品は様々で、その主要な物には奴隷も含まれていた。
ナントは人身売買で大いに潤っていた町だったのです。
そのナントに1973年10月20日、革命政治の中央機関国民公会から派遣されたカリエという人物が来る。
彼は王党派と思われる貴族、法官、司祭、株式仲介人らを人民の敵として裁判もなしに船の船底に、それぞれ二人一組に難く手を縛り、船の横に穴を開け栓で止めておいたものを、上の写真辺りの地点で栓を抜いて水没させ多くの人を溺死せしめた大量殺人者として名高い。
人口削減のためにも、革命について不満そうな話をしただけでも逮捕されるという恐怖政治で、移動に耐えられない老人や障害者までもがその対象になった。
革命政府にとって、彼らは無用の長物、無駄飯食いというわけだ。
なかでも彼らが思いついたサディスティックな方法は「共和主義的結婚」という方法で、男女を裸にして一組に縛る。
そして船にのせ溺死させる。
カリエは公安委員会への報告書にこう綴っています。
「ある種の新しい出来事によって神父たちの数は減少してゆくように思われる。彼らは河に呑み込まれてすべて死亡したとのことである」
然しそのカリエ、1794年7月28日にロベスピエールらが失脚した後の12月16日に処刑されてしまう。
なんとも陰惨な時代だ。
どのぐらいの人が溺死させられたか知らないが、人権も糞もあったもんじゃない。
それがたった200数十年前の出来事、革命とは恐ろしいものよ。