まあ、何と言うか時代小説は斯くありなんとでも申しましょうか、素晴らしい書き手ですね。
彼女の経歴を見るに1953年9月28日生まれで、早稲田大学大学院修士課程を修了とあるが、このぐらいの学歴がないと、こんな小説はかけないんでしょうか。
私が感心したのはストーリー以上に、その表現ですね、江戸言葉や武家言葉の何と巧みなことか。
まるで江戸時代の人が書いているようで流石に直木賞作家だけあって絶賛したい。
主人公は重田与七郎貞一という武士で、同心から戯作者になった将来の十返舎一九の物語だが、「東海道中膝栗毛」を書く手前あたりで筋書きは終わるが、文体の鮮やかさに参った。
故事、ことわざなどを巧みに取り入れ、恐ろしく教養豊かな女性で、時代小説作家としては理想的と言ってもいい。
例えば「唐土」と書いて(もろこし)と読むそうだが、当然(とうど)と読んでしまった。
ことわざとしては、確かに今まで何かで読んだ記憶があるが、すっと出て来ない。
「瓜田不納履、李下不正冠」、瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、李下(りか)に冠を正さず。
つまり、紛らわしいことをするなという喩えだが、あまり人から聞くことはないな。
耳ざわりのいい浄瑠璃の文句は三十一文字の和歌と同様、至って憶えやすいのである。
なるほどね、上手いことを言う。
忠臣と同様、貞女もまた両夫と見(まみ)えずと世間で申しますのは、
これなどは、所謂、「二君に見えず」と同じで、貞女は浮気をしないという意味だが、なかなか、こうは書けないな。
そして十返舎一九という名のいわれだが、このあたりから取っているのか。
蜂谷宗六からついに聞かせてもらえなかったあの蘭奢待(らんじゃたい)は、長い旅路の果てにたどり着いた国で、たとえ十遍聞いても末枯(すが)れないという十返(とがえ)りの名香。一九はおこがましいのを承知の上で、自らの筆もまたそうありたいと願ったのである。
先ずもって、余程の教養がないと、漢字の読みが現在と違うので、こうは書けないが羨ましい限りで、すっかりファンになった。