愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

絵画ヌード

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パブロ・ピカソ、二人の友人

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《リクライニングヌード》 Jeremy Lipking

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1913年 フェリックス・ヴァロットトン

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Emmanuel Benner. 《砂漠のマグダラのメアリー》

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カール・ブリューロフ《水浴のバテシバ》(1830年代)

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アンリ・ジェルベクス  《Rolla)(1873)f:id:pione1:20190924175148j:plainf:id:pione1:20190924182529j:plainf:id:pione1:20190930185243j:plainf:id:pione1:20191002184702j:plainf:id:pione1:20190930185500j:plain

ボリス・クストーディエフ《ロシアのヴィーナス》(1925-1926)

 

画家は、モデルとなった女性と必ず肉体的交渉を持つと読んだことがあるが、本当だろうか。

却って、持たなければ失礼だと。

相手が全裸でいる以上、モデルも最終的にはそれを覚悟で来るのがあたりまえということか。

確かに彫刻にしろ絵画にしろ女性の裸体は美しい。

時に、男性はその肉体美に惑わせられのも、致し方ない。

 

然し、なぜ女性は中世の昔から職業として画家を目指す人が出なかったんだろうか。

女性は家に居るのがあたりまえという、頑なな風習か。

だがもし、天才的な女性画家がルネサンスの時代に登場したら、次々に男性エロスを追求して、男の裸体を描いただろうか。

まあ、そういう時は腹筋が縦に割れた男性が求められ、間違っても横に割れた男などは門前払いとなりそうだ。