愛に恋

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エマヌエラ・オルランディの失踪

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ローマで行方不明になったエマヌエラ・オルランディに関する情報を求める張り紙。1983年6月Photo: Mondadori / Getty Images

1983年6月22日、ローマで、15歳の少女エマヌエラ・オルランディが失踪。オルランディは音楽レッスンに出かけたまま帰宅せず、今日にいたるまで行方不明のままだ。彼女の父はバチカン市職員で、一家は市内のアパートに住んでいた。

事件発生直後からこの失踪にはバチカンフリーメーソンや組織的犯罪が絡んでいるなどさまざまな「陰謀論」が飛び交ってきたが、バチカンは関連を否定してきた。

オルランディの兄を中心に家族は、妹の失踪に関する捜査を開始するようバチカンにずっと訴えてきた。

ピエトロ・オルランディ。1983年6月22日に失踪した妹のエマヌエラを覚える集会で。ローマにて。2017年6月22日Photo: Matteo Nardone / Pacific Press / LightRocket / Getty Images
2019年3月、オルランディ家の弁護士が、家族のもとに手紙と写真が送られてきたことを明かした。写真にはバチカン墓地のある墓を見守る天使像が映っており、手紙には「その天使が指すところを見よ」と書かれていたと「カトリック・ヘラルド」は報じている。

その天使像があるのは、中世時代からあるテウトニコ墓地だ。そこはおもにドイツ系の司祭や修道会員たちが葬られてきた。その天使が指し示す墓には、ソフィ・フォン・ホーエンローエ王女(1836年没)と、メクレンブルク=シュヴェリーンシャルロッテ・フレデリカ公爵夫人(1840年没)が眠っている、はずだった。

テウトニコ墓地Photo: Wikimedia
2019年7月11日、家族の要請をうけたバチカン当局が、2人の墓を開くと、なかは空っぽで、オルランディの遺骨も見当たらなかった。このニュースはすでに日本語でも報じられている。
だが、その後、さらに陰謀論者たちを刺激しそうな展開があった。

何千もの骨」

7月20日、今回の「墓開き」をきっかけに、墓地のあるテウトニコ神学院の下に2つの納骨室が発見され、そこから何千もの骨が発見されたのだ。

カトリック・ニュース・エージェンシー」がこの発見について報じている。

テウトニコ神学院Photo: Wikimedia
オルランディの家族たち、弁護士、法医学専門家がこの納骨室を開ける際に立ち会ったという。

オルランディの姉フェデリカは、それは「感情的な経験」だったと語り、エマヌエラの遺骨がその納骨室にあるかもしれないと思っているという。

立ち会った法医学専門家のジョルジオ・ポルテラは、発見された骨の総数からすると、「数十人の人々の遺骨の存在」が考えられるという。

「長い骨や小さい骨があり、多くは破片にはなっていました」とポルテラは言う。骨は整理されておらず、ごちゃ混ぜになっており、「空洞のなかで全部積み上げられていました」。

カトリックメディア「クラックス」によれば、7月27日からこれら遺骨の本格的な調査が始まる。

「納骨室内で発見された遺骨の精密な形態学的分析」がどれくらいかかるの見込みはついていないと、バチカン広報局のアレッサンドロ・ジソッティは語ったという。

消えた少女、天使、空の墓、何千もの骨……さすがはバチカン、神秘(ミステリー)に関しては他の追随を許さない。

COURRiER Japon

 

実に興味深い事件なので、そのまま引用させてもらった。

このニュースを知らない人のためにも。

続報が待たれるがいつになることやら。