松本清張の『文豪』を読むと以下のような美文に出くわす。
「逍遥夫妻の仲は睦まじかったと世間は見ている。庭前で老妻は箒を手にし、老父は楽焼き窯に薪をくべる写真や、夫婦揃って老柿の双樹と年齢を競うかの如くに一人は彳(たたず)み一人はかがむ微笑ましい逍遥晩年の戯画など、いずれも偕老同穴の理想的な姿を如実に示している」
偕老同穴とは!
「共に暮らして老い、死んだ後は同じ墓穴に葬られること。転じて夫婦の信頼関係が非常にかたいことを意味する」
なるほどね!
本当に昔の人は上手いことを言う。
序でに同書の中で泉鏡花の天才性に関してこのように書いている。
「文章は神韻渺茫として、幽なり幻なりの詩境に誘い入れて艶冶なるものがある」
「神韻(しんいん)」 神業のようなという意。
「渺茫(びょうぼう)」 遠く遥かなさま。
「艶冶(えんや)」 艶めかしく美しい。
まるで坂東玉三郎のことを言っているような印象を受けるが、鏡花というと、妖艶な怪奇趣味みたいなイメージが強い。
それにしても見事な文章に関心する。