愛に恋

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純愛心中 「情死」はなぜ人を魅了するのか  堀江珠喜

 
江戸の昔には、純愛という言葉はなかったと思うが、心中には秘めた恋仲の果てというイメージがあって市井の人々を、どこか魅了してきたのだろうか。
ままならぬ恋愛と身分制社会、苦界の世界に身を沈める遊女に同情してか、近松門左衛門の出現によって江戸では芝居や歌舞伎で心中ものが大流行。
 
 
どうせこの世で添い遂げることが出来ないなら、いっそあの世で。
そんな閉塞感から抜け出すように、心中がファッション化し流行りだした。
さすがに幕府も放ってはおけず、享保七年(1722年)「相対死禁止令」を発令。
「心」と「中」で「忠」という字を作るのは怪しからんというわけである。
 
心中や情死は現在でも珍しくないが、「純愛」というのは、「穢れなき」とか「真心」「誠実」「一途」、オリビア・ハッセーのジュリエットを思い浮かべてしまうが、しかし心中事件は何も穢れなき若者に限ったことではない。
 
熟年や老年だってアリエール。
映画や歌舞伎でお涙頂戴となると『ロミオとジュリエット』や曽根崎心中』のお初・徳兵衛の方が受け狙いとしてはいいのだろう。
一説によると死こそ最高のドラマだという。
それにも格付けがあって、心中、自殺、事故死、病死の順だとか。
 
嵐山光三郎は伝記はまず、その対象者の死が前提になると言っている。
また定説によれば心中する前には必ず性行為がある、うん、それは確かにそうだろう、この世の名残に好いた二人なら交合するのが自然で、有島武郎もそうだったと思うが、未遂に終わった森田草平平塚らいてうの場合にはそれがなかった。
では、三島由紀夫のこの論はどうだろうか。
 
「心中といふ言葉にはどうしても性的陶酔の極地といふ幻影がつきまとふので、男女の性行為は本質的に擬似心中的要素を持ってゐる。これは少なくとも性的経験者のある人間なら誰でも知ってゐる秘密である」
 
性的陶酔の極地に心中という幻影が付き纏っている?
以前、林真理子のエッセイで、ディスコで一晩中踊っている最中に「もうこのまま死んでもいい」なんていう文面があったが、そんなお猿の駕籠屋のような話しではなく、三島の言う説は考えさせられる。
最愛の相手とオーガズムに到達する、死と紙一重の状況を作り出すということか、扉の向こうは心中が見える!
 
1889年1月30日、ハプスブルク家の皇太子ルドルフが、身分の低い17歳の男爵令嬢マリーとの心中事件は世界を驚かしたが、日本では愛新覚羅慧生と学習院大学の大久保武道の心中事件が戦後、世を騒がせたが、その慧生の母親は嵯峨侯爵家の浩さんだった。
 
この事件の真相もよく分からないが、嵯峨家では大久保によって射殺されたような言い分で、逆に大久保家では純愛による心中だったと意見が真っ向対立している。
この件では、旅立ちの朝、大久保が母親にお互いの往復書簡を郵送し、後にそれが出版化され、大久保側ではこれこそが純愛の証だとしている。
問題の本を古本屋で見つけ出し読んでみたが、感想としては、それほど差し迫った悲壮感はなかったように思えたが。
 
渡辺淳一は小説家船山馨の通夜に出たその夜、船山夫人も心不全で亡くなったと聞いて乃木将軍のことを書く気になったらしい。
その小説『静寂の声』を読むと定説とはやや違う設定になっている。
定説では、乃木が割腹し頚動脈を斬ったのを見届けて、夫人は胸を突いて自決したとなっているが、先に躊躇う夫人の自害を乃木が介添えしたように描かれている。
まあ、いずれにしても乃木将軍ほどではないが、私のような皺腹を掻き切っても、この歳になってはあまり純愛とは書かれまい。
将来を悲観して生活に行き詰まり、健康面での不安が募り孤独死が関の山か。
 
純愛心中、10代の昔、確かにそんなセンチメンタルに浸って恋に恋していた時もあったが、大人になると不純物が付属品として付け足され、純粋とは程遠い心が住み着いてしまう。。
 
善かれ悪しかれ惰性で生きていくことに慣れ親しんだ現実の世界で純愛心中とは、うたかたの恋に似て、この世のものとは懸け離れた帰らざる夢物語のようだ。
日々の暮らしに勤しむ日常にあって、自分には起り得ないという純愛心中を、憧れはあるもののどこか別世界の話として感動できたのか、確かにロマンチックだが、あの時、死ななくてよかったというのも真実。
 
昭和の初め、実際にあった事件を元に『天国で結ぶ恋』という映画がヒットして後追い心中が耐えなかったと聞くが、少なくとも純愛心中をするなら、恋愛が惰性にならないうちに実行した方が良さそうだ。
惰性ではエネルギーが決行前に消耗してしまう。
 
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