愛に恋

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佐藤家の人びと―「血脈」と私 佐藤愛子

 「敵の虚を突いて塁を盗むとは、正々堂々の戦いにあらず!」
 
佐藤紅緑という人は、野球観戦で盗塁するのを見ると、すぐこうやって怒鳴ったらしい。
また、ある時は隣の男性の貧乏ゆすりに腹を立て殴ったとか。
新聞記者時代には宿直室で師の陸羯南(くがかつなん)の悪口を言っていた同僚にランプを投げつけ、畳が燃え出すと、その上に座って消すという離れ業まで披露した。
 
紅緑の父弥六は元津軽藩士だが維新後、西洋小間物店を開き、お客が値段を聞くと、
 
「うるさい、なんぼでもいい、カネ置いていけ」
 
と怒鳴る人だったらしい。
愛子の母シナに至っては、嫁に貰いたいと言ってきた人の仲人に対してこう言ってのけた。
 
「あんな娘を貰う?およしなさいな。一生の破滅ですから」
 
と、仲人を帰らしてしまった。
矛盾を抱えながら生き、波乱の中に死んで行った佐藤一族の素顔。
『血脈』を読んでから、強く佐藤家の顔写真が見たいという衝動を覚え、この本だけは手に入れたいと本屋に飛んで行った。
 
対談、エッセイなども掲載されているがやはりお目当ては一族の写真。
それを食い入るように見入る私。
佐藤弥六から始まる紅緑と子供たち。
初婚相手の妻ハルとの間に長女貴美子、長男八郎、節、弥、久。
後妻のシナには早苗と愛子が生まれた。
 
そして八郎の妻くみ子。
再婚の妻るり子、再々婚の蘭子、そして子供達。
次男節と妻カズ子、異母兄弟の与四男。
小説に華を添えた登場人物の数々。
本来、家系図は縦に伸びていくものだが佐藤家に至っては横に広がっている。
後妻や妾が子を為しているため親戚だらけ。
 
しかし、写真を凝視していると、佐藤家の滅亡を見続けてきた愛子の哀しみが伝わってくるようで人の世の憐れを思う。
『血脈』の素晴らしさは、壮絶な人生を語るわりに、笑いのエッセンスが随所にあり、読者をして惹き込ませる。
フィクションと現実の接点が見事に融合して、流石に12年の月日と3400枚の大作だけあり傑作だと思う。
作者はこんな悲しみをたたえている。
 
「遠い日の故里の景色が立ち現れてくるように、あの頃が蘇ってきた。何ともいえない懐かしさ、もの悲しさが胸に広がっていく」
 
当時、佐藤一族に関わった人たちは、さぞ難儀したことだろうが、振り返ってみれば激しく生き死んでいった者たちの鎮魂歌を聴くようで、一族に対し愛しささえ滲んでくる。
 
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