愛に恋

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血脈 (上) 佐藤愛子

 
今日、佐藤紅緑(こうろく)とい名前を耳にすることはあまりない。
大衆小説作家として文壇から軽視されてきたのがその遠因かと思うが、本名は洽六と書く。
『あゝ玉杯に花うけて』の著者として名を留めているが、昭和初期、少年小説の第一人者として、圧倒的な支持を受け、後に詩人として大成する佐藤惣之助の師匠でもある。
だが、紅緑の波乱に満ちた人生こそは、芸術作品に値するもので、サトウハチロー佐藤愛子、大垣肇と、それぞれ腹違いで産ませ、八郎は正妻、愛子は後妻、肇は妾、正妻のハルは9人の子を産み、内5人が夭折で残ったのは男児ばかり、妾のいねは一人、後妻のシナには3人産ませている。
 
シナが現れる以前、紅緑の茗荷谷の家には姉が二人の子供を連れて居候、他に数人の女中と書生や食客、一体何人がこの家に住んでいるのか誰も分からない状態だった。
後妻となった横田シナが現れたのは大正四年、大阪から女優志望として紅緑を頼って邸を訪ねて来た。
佐藤家崩壊の発端は将にその日から始まる。
紅緑は新聞小説を書かせれば当代随一で自ら旗揚げした劇団を持ち、シナを三笠万里子としてデビューさせる。
 
連日、住み込みで稽古で顔を合わせるうち、いつしか紅緑はシナに心を奪われ、シナ無くしては生きられない因果を含まれてしまった。
家庭は崩壊し次々に問題を起こす4人の道楽息子に引きずられ、尚且つシナの女優としての夢も適えてやりつつ紅緑は書きに書く。
 
その娘たる佐藤愛子が書いた『血脈』が発売されたのが平成13年1月。
執筆に12年の歳月が懸かったそうな。
出版当初から興味を引き、いつかは読みたいと思っていたが、なにせ長い大河小説で優に2000ページはある。
昔は平気で4000~5000ページぐらいの本でも読んでいたが、しかし流石にここに来て2000ページはやや長い。
読む前には他の人の感想なども一応目を通したが。
 
・息苦しくなる
・体力がいいときじゃないと読めない
・恐ろしい
・疲れた
・キツイ
 
と様々な意見。
しかし読者は結末に向かって引きずられていくのもこの本の醍醐味。
佐藤愛子氏は本書で菊池寛賞を受賞している。
 
読んでみると確かに面白い、4人のドラ息子たちが仕出かす尻拭い。
湯水のように金を仕送る紅緑。
妻を捨て妾を捨て、シナ一筋に賭けた波乱の人生。
息子たちは父に似て不良で女好き。
一人としてまともな奴がいない。
 
警察沙汰、自殺未遂、借金の踏み倒し、結婚離婚と紅緑は休む暇もなく家族の為に書く。
それもこれも身から出た錆。
著名人の家系ではまたと無い因果応報の血脈。
本書は痛快にして妙、これほど面白い小説は近年読んだことがない。
 
何と言っても比喩の素晴らしさと語彙の豊富さ。
そして冷静な観察力と会話の上手さ。
生まれる以前の佐藤家のあらましを見てきたような筆致で表し、時にユーモラスな文章には何度も笑わされた。
女流文学者にして猥雑な単語も平気で出てくる。
上巻では八郎がサトウハチローとして大成し、飛ぶ鳥を落とす勢いの作家となるも、妻子を残し他の女と同棲、放蕩を繰り返す。
四男久が仙台で女と情死したが、一人、女は助かり19歳の久だけが旅立ったところで上巻は終わる。
 
中巻では果たしてどんなドラマが待っていることやら。
いやはや、先はまだまだ長い(汗
余談だが、紅緑のように明治生まれで漢学の素養のある人の文章は簡潔にして流麗、読んでいて気持ちがいい。
 
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