夜のミッキー・マウス 谷川俊太郎

 
詩というものは、その時に作家の内面に勃興した閃きや懊悩を活写するようなものだから、場合によっては本人以外、理解し得ない事柄や比喩が多々ある。
あまりに写実的でないが故に、その飛躍に着いて行けない場合、一行読むごとに失念していくようで、読んでいる意味合いがどこにあるのかさえ分からなくなる。
 
読解力がないと言われればそれまでだが、やはり詩歌には相性というものもありはしないかと、独りぽつねんと考えたりする。
多くの子供を虜にしたであろう鉄腕アトム、あの主題歌の作詞者が谷川俊太郎だった。
この詩集の中にある「百三歳になったアトム」でこんな条がある。
 
いつだったかピーターパンに会ったときに言われた
きみはおちんちんがないんだって?
それって魂みたいなもの
 
なるほどね、アトムにはおちんちんがなかったんだ!
この50年ぐらい考えたことがなかった。
 
しかしそれ以上に面食らったのは「なんでもおまんこ」「ああ」という詩。
どちらもエロティックなニュアンスを前面に押し出しているが、さすがに活字でこうまであっさり「おまんこ」と言われてしまうと、誰でも慣らされてしまうのだろうか。
ここでいう「おまんこ」とは女性器のアレではない。
あらゆる自然をおまんこに譬えているようなものだろう。
太陽にしろお花畑にしろ、生きている実感を味わうことの素晴らしさということではないのだろうか。
しかし、何しろ、谷川さんのあの顔で「おまんこ」なんて言われるからビックリしてしまうわけで。
 
「この詩で何が言いたいのですか」
 
と、よく訊かれるらしい。
実は私も同じような疑問を持ってしまう詩がいくつもあるが、谷川さん、答えて曰く、
 
私は詩では何かを言いたくないから、私はただ詩をそこに存在させたいだけだから。
 
と言っている。
一番いいと思った作品『あのひとが来て』を、波多野睦美さんという人が歌にしてCD録音しているらしい。
 
あのひとのかたわらでいつまでも終わらない音楽を聞いた
 
目の付け所が一緒だ。
 
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