ゴッホの手紙 (中) テオドル宛

 
弟テオに送った膨大な手紙は、往復書簡の形を取っていないため、一方的にゴッホのものだけを読んでいるので、どうも話が解りにくい。
ましてや殆んどの登場人物を知らないので尚更だ。
熱意や美術論で押しまくり、南仏アルルを拠点に印象派の工房を作るのが夢で、繰り返しテオに金銭の要求をしている。
それに応えるテオも偉いが、実のところ、テオの心理が見えてこないので、生活がどの程度圧迫されていたのかよく分からない。
 
とにかくゴッホゴーギャンの到着を今や遅しと待ち侘び、住みやすい環境作りに余念がない。
家具を揃え、朝の7時から夜6時まで絵の制作、そして読書に手紙と、これではクタクタではないか。
ゴーギャンをトップに印象派を呼び寄せるような壮大な計画を語っているが、まるで大風呂敷のような夢物語のようにも聞こえる。
勿論、絵が売れないことに悲観もしているが、よもや数年後に自殺するなどとは微塵も感じさせない精力的な活動を事細かに書き送り、自殺どころか80歳まで生きるための強固な身体を作らなければと意気込んでいる。
 
生活習慣として早寝早起きをモットーに、アルコールを控え野菜中心の食生活と禁欲、
ともあれ思考回路は総て芸術に注ぎ読書欲旺盛で記憶力、読解力共に優れ、テオには何度となくピエール・ロチの『お菊さん』を読んだかと訊いているが、テオはどうか知らないが私の感想としては面白くなかった。
 
一般的にゴッホは浮世絵に感動し強い影響を受けたということはよく聞くが、確かに手紙には日本贔屓たる所以が随所に見られる。
例えばこんな件(くだり)。
 
「日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり知者である人物に出会う。彼は歳月をどう過ごしているのだろう。地球と月との距離を研究しているのか、いやそうではない。ビスマルクの政策を研究しているのか、いやそうでもない。彼はただ一茎の草の芽を研究しているのだ」
 
或いは、
 
「彼らはみずからが花のように、自然の中に生きていくこんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか」
 
ゴッホの念頭には常に北斎のことがあったようだが、苦しい生活状況の中で夢を追い続けることの困難さと、いつか自分の芸術を解ってくれる時代が必ず来ると確信しつつも、絵が売れないというジレンマ。
理想は高く、「いつか見ておれ」という暗黙の了解のようなものを兄弟で感じるが、とにかく今はゴーギャンとの共同作業で、印象派を束ね、いつの日か画壇の主流となることが野望なのか、傍で見ているこちらは、その純粋な夢に焦がれる姿にやや胸が痛む。
下巻ではいよいよゴーギャンの登場だが、ゴッホの観察眼はこんな表現にも。 
 
「奥にある灌木の列は全部夾竹桃だが、この狂ったような木は、まるで運動機能障害症にでもかかったような咲き方をしている」
 
ポチッ!していただければ嬉しいです ☟