男の名は藤牧義夫、24歳と8か月、以来、現在までその行方は杳として知れず。
「隅田川両岸絵巻」と名付けられたこの大作は1・5キロほどの長い川縁を23の地点と場所を変えながら描いた作品で、研究者の長年の労苦によって如何にこの作品が凄いか明らかになってきたが、それにもましてミステリアスなのは生前に遺された版画の大半が贋作だという。
版画である以上、版木があるはずで何者かがその版木に手を加え、または構図の改鼠、原画にはない着色、あるいは全くの他人作だとある。
戦後、版画界の重鎮となり紫綬褒章まで受賞した小野忠重なる人物が藤牧が失踪する最後の日に会った人で、贋作と思われる多くの藤牧作品を小野が所持していた点を取り上げ、著者は彼が何かを知っていたのではないかと訝しんでいる。
ともかく一連のミステリーは小説は事実より奇なりで、非常に入り組みかなり読み辛く記憶しずらいし、贋作と真作の解明など素人には分かりにくい点も多い。
その経過を駒村吉重という人が本にしているのだが、いやはやノンフィクション作家の苦労が窺い知れる作品となっている。
大衆文学と違って徹底した調査能力が要求され、それはもう辣腕刑事並。
最後に著者の名言を引いておく。
「一般的な贋作行為というのは、真作を犯さないのである。真作をあからさま、直接的に凌辱するような行為は、その人物が、作者かその作品にたいしてよっぽど特別な事情をかかえていまいかぎりおこりえない」