活字と自活 荻原魚雷

 
 高円寺に住む、古本が大好きで貧乏な物書きの話しで目標は!
 
「10年この町に住んで、そのとき文章を書き続けていたら、俺の勝ち」
 
というもの。
高円寺の一画で安アパートを7回も転居しながら四苦八苦。
時に電話、ガス、電気、水道も止まり立ち退き2回。
何とも切なく侘しい話しだが、そんなことでめげていては活字中毒は務まらない。
 
「あいつでなくては出来ないということが一つでもあれば、それが人生の価値」
 
をモットーに逞しく今日も生き抜いている魚雷先生
好きな時に起きて好きな時に寝る。
夜は酒を飲み、一日、ごろごろ家の中で過ごすことも多いとか。
勤め人にはならず、とにかく何とか食べていける物書きを目指して。
物書きは読書が仕事、確かに書棚を見るとかなりの読書家ということは分かる。
私とは傾向がかなり違うが、本人は読書についてこんな事を言っている。
 
「本を読む時、大体私はボーッとして本を読んでいる。だから読み終わってから、それがどんな内容だったか、ボーッとしか思い出すことが出来ない。勿体ない、とは思う、けれど別の考えではそれで構わない、そういうものだ、という気もする」
 
と謙遜しているが、どうしてどうして結構な記憶力で咀嚼して吐き出した教養はかなりのもので役立つことが大きい。
むしろ、直ぐ忘れてしまうのは私で、少しでも記録として留め、脳裡にかさぶたとして保存するためにブログを書いている。
 
ところで高円寺という所は19歳頃だったか、一度立ち寄ったことがあるだけで全く地理不案内だが魚雷さんに言わせると、フリーターの密度が全国屈指の所で、古本屋、中古レコード、古着屋が多く金がなくてもそれなりに楽しく生きていける町だとか。
しまった、高円寺に住むんだった!
 
余談だが私は全集というものを買ったことがない。
例外的に月間で発売される若山牧水志賀直哉全集を買い集めてみようかと思ったことがあったが挫折した。
しかし魚雷さんは大学1年当時、終電に乗り遅れ先輩のアパートに泊まったときのこと。
風呂なしアパートに住み、ニーチェ全集を持っていた先輩は、
 
「何があっても俺はこの全集だけは売らないつもりだ」
 
の台詞にしびれ、翌日、神保町に行って辻潤全集を24,000円で買うという荒業。
一聴、私も翌日古書店に走り、牧水全集を買いに行ったかと言えば、それはない(笑
魚雷さんは掃除をしながら考える。
 
今より、貧しく、物がなくて、不便だった時代でも、人は生きていけたわけだし、まあ、そう考えると、貧乏でもいいかと思う。
 
赤貧洗うが如しというほどではないにしろ、何とかやっていけるわけだ。
しかし将来的な不安は常に付き纏う。
確かにしがらみの中で窮屈に生きて行くよりは自由気儘に生きた方がより人間らしい。
これで金さえあれば更に言うことないわけだが、そう世の中は甘くない。
彼のような生き方を一概に否定しない。
本人、納得した上ならそれもまた愉しで、
 
「狭いながらも愉しい我が家」
 
エノケンも唄っている。
 

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