難波大助・虎ノ門事件―愛を求めたテロリスト 中原静子

 
読書といっても様々で、作家の文体に馴染めないような純文学、または策士、策を弄すのように調べ過ぎて読み手をひたすら混乱させるだけのノンフィクション。
時に、一体、何を読まされているのか解らなくるようの手法で辟易したり、微に入り細を穿って、ここまで調べて書く必要があるのか疑問さえ感じるような、要はメリハリがなく、ただ記述の羅列にすぎないような本に出くわすことも。
しかし読書はあくまでも自己責任、選んだのは自分自身なのだから。
 
「難波大助・虎ノ門事件」
 
どうなんだろうか、大正12年の震災後、物情騒然たる時期に起こったこの事件は、現在どれほど知られているのか知らないが事件の煽りを受けて時の山本権兵衛内閣は総辞職したほどなのだが。
関係書籍の類書としては岩田礼著天皇暗殺」という本を以前読んだことがある。
犯人難波大助は山口県熊毛郡周防村出身で現在ここの地名は光市になるとか。
例の事件のあった場所だ。
 
大助は大正12年12月27日、第48通常議会の開院式に出席するため、自動車で貴族院へ向かっていた摂政宮(昭和天皇)の御召自動車に仕込み式のステッキ銃で狙撃。
摂政に怪我はなかったが大助はその場で取り押さえられ逮捕。
所謂、不敬罪の適用となる大事件だった。
 
父親は衆議院議員で爾来、自宅の表門には青竹が斜十文字に打ち付けられ、昔の武家のように国賊として閉門蟄居の生活に入った。
ノンフィクションとして面白い題材だが、如何せん、徹頭徹尾、事件に携わった人の日記や記事からの抜粋、引用ばかりで読み辛い。
中でも歌川という親友に宛てた手紙の長々とした引用にはややうんざり。
次第に興味の薄れいく本を縷々読んでいるのは苦痛で、9割以上は忘れると分かっていながら読み続ける。
 
ところで凶器として使われたステッキ銃は伊藤博文がヨーロッパから持ち帰ったもので難波家と伊藤家は姻戚関係にあるらしい。
しかしとにかく疲れる本で一見、大助とは無縁だが郷里が同じというだけで中原中也の事柄まで出てくる。
本の体裁を整えるための書き足しのようにも思えるが、悪い癖で何でもかでも読めばいいというもんじゃないことが良く解った。
 
大助の処刑は翌13年11月15日午前9時。
 

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