話術 徳川夢声

 
 
 
本題を前に少し気になったので同世代と思われる以下3人の生没年月日を調べてみるた。
 
獅子文六 1891年7月1日~1969年12月13日   76歳
徳川夢声 1894年8月13日~1971年8月1日   77歳
大佛次郎 1897年10月4日~1973年4月30日   75歳
 
なるほど、殆ど同時代を生き生まれた順に亡くなっている。
勿論、互いの存在を知っているはずだが交流関係はどうなっているのか好きな世代なのでそのあたりもっと具体的に知りたい。
 
本書は徳川夢声の復刻本とあって早速買ってみたが、常人では「話術」だけで250頁からなる本を書けるものではない。
しかしそこは博覧強記の夢声、座談、演説、布教、伝道、放談、童話、講談、落語、漫談、放送、活弁と縦横無尽に語り尽くす。
夢声活弁家を皮切りに舞台俳優、映画俳優、漫談家、朗読家、著述家と多彩な肩書で、その唯一無二にの語り芸をして原作に手を入れることを許され朗読されたのが吉川英治の『宮本武蔵』となるが、では漫談とは何か?
 
古典もなければ決まったストーリーもなく全てが創作で練習も稽古もできない。
 
師匠の存在しないこの世界でプロになるには余程難しい。
大成した夢声が訓戒として縷々述べているが、座談15戒の第12戒に「反対居士になるなかれ」とあるのが面白い。
つまり相手の意見に対して片っ端から反対する人種のことで、右と言われれば左、左と言えば右と主張する天邪鬼という鬼がこの人種の支配権を握っているとあるが、してみると政治の舞台はどうなるのか。
 
野党は何でも反対という構図が政界には定着している。
本来、人間の思想や行動は是々非々なるものだが、野党に所属しているから与党側の提案は全て反対、これには異なものを感じるがどうだろう。
夢声は言う。
 
検事団と弁護団との対立、与党と野党、甘党と辛党に至るまで、一つの問題を巡って、各種の論が成り立ち、そして両方の意見を調合して、ほぼ正しい結論を導き出す。反対論というものは確かに人知の発達、文化の向上に、是非とも必要なものであります。しかし、反対のための反対はいけません。
 
しかし、審議時間が足りないと言って「民主主義の破壊」だと野党議員が怒っている場面をよく見るが、それならあと10時間審議を延長したらどうなるのか、野党側が納得するのか、そうは思えないが。
まあいい、私が熱くなる場面ではない。
ともかく夢声はこんな難しい言葉を使う。
 
「俗にいう滔々懸河の雄弁家ではないが」
 
滔々懸河(とうとうけんが)とは勢いよく流れる川という意味で所謂、立て板に水ということだろうが昨今ではさすがに滔々懸河なんて使う人はいない。
これも読めない。
 
烏滸がましい、は「おこがましい」と読む。
また、
 
漱石枕流、そうせきちんりゅう」で、負け惜しみの強いことを言う熟語らしい。
夢声ほどの教養人の本は勉強になることも多いが解らないことの方が多い。
ところで夢声は何故、漫談家になったのか。
本人は将来に関係なく子供の頃から落語好きで覚えたてものを教室などで一席ぶっていた。
例えば。
 
お女郎買いでフラれた客が忌々しがって、赤銅(あかがね)の洗面器を失敬し、背中に忍ばせて帰りかけると、花魁が送って何か嬉しがらせを言って、背中をポンと叩くと、ポワーンと鳴る、おや、今のは何だい、と言われて、なァに別れの鐘だよ、と下げる、あれを教室でやったのでした。
「うん、別れの鐘か、ワッハッハ」
と聞いている先生が一番ウケて、喝采してくれました。
 
子供にしてはマセた話だが、確かに笑える話で、その話し好きが高じて自然、漫談家の道が開けていった。
 
解説は久米宏が書いているが本書の復刊を非常に喜んでいたが浅学の徒にはやや難しい。
 

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