日日雑記 武田百合子

 
武田百合子は夫泰淳の死から文筆活動を始めたので極めて寡作だが、作品の純度は高く日記文学者としての地位を確率している。
作家としての修行時代があったわけではないのに書き溜めていた日記が評判を呼び著述家として世に出た。
確かに評判通り天性の才があったのも頷ける文章でところどころで笑みがこぼれる。
例えばこんな描写。
 
「口紅をさすと元気が出るのだ。口論になりそうな場所へ出かけなくてはならないときは勿論、交番や警察へ出かけていくときも、字を書くときも、口紅をさしてからだ」
 
なるほど、そういうものか!
葬儀の時はこんなことも言っている。
 
「何といっても屍体が主役なのだから。時々刻々腐っていくのだから。生きている者達は死んだ者を寄ってたかって大急ぎであの世へ送る。この世は生きている者しかいてはいけないのだ」
 
平易だが観察力のある言葉でとてもこうは書けない。
また、ひばりのドーム公演を見たときの感想として。
 
「あたしらなどファンとはいえないのですよ。ひばりを見るためならば、人を踏み殺してでも行く・・・これが真のファンなんですよ」
 
怖ろしいおばちゃんパワーに驚いている。
中でも極め付けがこれ!
 
「公衆便所の前の人糞。した人の気持わかる。中でするより外でした方がましな便所があるのだ。しかし滅多な場所ではしてはいけないと思い、この人は便所のすぐそばに礼儀正しくしていったのだ」
 
まったく笑える。
天衣無縫の筆致で関心する。
故にファンが多いのも頷ける。
この譬えはどうか。
 
「隅々まで鋼のようにはりつめた真青な空を、一かたまりの底光りする白い雲が茄子色の影を草原に大きく落として渡って行く」
 
詩人としても成り立つ稀有な才能だ。
今日まで絶版にならず中公文庫に収まっているわけも理解出来ようというものだ。
最後に、私には絶対書けない文章を。
 
「畑のような庭。植木や泥や石ころや板ぎれや、転がっているスコップや如雨露。柵の向うの雑然とした景色。それらをさーっと見回し、目薬をさすように眼に入れて帰ってきた」
 

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