怠惰の美徳 梅崎春生

祖父は明治の終焉を知っている。
父は大正の終焉を知っていた。
そして私は昭和の終焉を知り、今また平成の終焉があと1年に迫ったことを知る。
昭和が終わろうとしていたあの日、平成生まれが居なかったあの時代。
 
昔は三代といえば明治・大正・昭和と言われたものだが、何れ、昭和・平成・新元号と言われる日が来る。
元号生まれの世代から見れば昭和は私の世代の明治に相当する。
子供の頃、明治生まれは沢山存命していたが、いつの間にか大正生まれでさえ少なくなって来た。
 
誰だったかだったか忘れたが、「明治はずっと続くものだと思っていた」と言った作家がいたが、それも今や昔。
明治は遠くなりにけりの話しどころではない。
昭和も遠くなりにけりの時代が到来しようとしている。
昭和、その前半期を私は知らない。
 
20年代以前、ましてや大正デモクラシーなど教科書の中だ。
円の時代に生まれ、銭の時代を知らない世代だが昭和が窓際に追いやられる日もそう遠くない。
だから私は本の中に逃げ込む。
知らない時代を書いている作家の前では、いつまでも小僧のままでいられるから。
いにしえ人の話しを聞くのが好きだ。
 
古本の味わい。
既に亡くなった人の本を読み、戦前の話しをもっと教えてほしい。
故に私は古書店に出向き、復刻本を待ち、体現出来ない世界を垣間見ようとする。
時代の語り部、それが古本なのだ。
前置きが長くなってしまった。
 
今回の1冊は約半世紀前の全集から抜粋した作品の復刻本だが、書かれているのは主に戦中戦後の話し。
『怠惰の美徳』とは、やる気がなくとも、それなりにいいこともある、とでも訳すのか、まあ、私の人生も怠惰な生活だったので謂わんとしていることは分かるような気もする。
 
だが、自分の事を怠惰と云いながら著者は直木賞作家で、怠け者が直木賞とはこれ如何にと言いたい!
本人はこのように言うが。
 
及ばずながら、今まで文学を捨てずに私が生きて来たのは、私の内にひそむ過大な自恃の心のせいである。
 
自恃とは自分自身を頼みとすることだが、どうも合点がいかない。
執筆と怠惰は両立するするものだろうか。
しかし、以下の文章を読むと確かにこれこそ怠惰だと思ってしまう。
 
私は近頃毎日八時頃起き、朝飯を食べ、それからまた寝床に這入り込んで横になる。
ぼんやりとものを考えたり、本を読んだりしている。午後一時ごそごそと起き出して昼飯を食べ、またあわてて寝床に這入り込む。三時頃しぶしぶ起き上がり机に向かい、六時まで仕事をする。それから夕刊などを読みながら、九時頃までかかって晩飯ならびに飲料を摂取する。九時半にはもうぐうぐうと眠っている。
 
こんなことで食っていけるのだろうか。
これで小説家が勤まるなら、やはり才能の賜物と言いたいが本人に言わせるとそうでもないらしい。
 
私は子供の頃、作文が下手であった。小学校中学校と、作文が苦手であった。
今でこそこつもわかり、多少上手にもなったが、当時は文を綴るということがどういうことなのか、うまく見当がつかなかったのである。
 
しかし、才能故か読書量か、それなりに勉強しないとこんな文章は書けない。
 
年を経るにつけて、葉肉を失って葉脈だけになった朽葉のように、いよいよ鮮明な形をとってくるようだけれども。
 
そして戦後、除隊後のことだと思うが、その侘び住まいをこう書く。
 
押入れもない北向きの三畳間に、もはや一年近く住みついた。
昨年、雹(ひょう)が降った時屋根に穴があいたらしく、雨が盛んに漏るので、現在では畳は腐れ壁は落ち、変な形の茸が七八本生えている。机が一脚、行李に寝具、本が十冊程、これが私の全財産だ。
 
著者は貧乏と怠惰な生活が性に合っていたから作家になったのか良く分からぬが、しかし、小説家とは、そう容易くなれるはずもなく、やはり文学が好きであったはず、ましてや書くことが嫌いでは作家になれない。
更に思想哲学もそれなりに要求されるのが作家といういうもの。
 
今のような時代に生存を保って行くためには、法網をくぐって買い出しをやらなければならないし、電車に乗るには他人を突き飛ばさなければならない。
書斎の奥で閑日月を送るという訳には行かないのだ。今や心身の全部をあげて此の世相と対決しなければならなくなった。
生きていく行くことは既に、高度の狡智と他人の犠牲の上にのみ可能である。
 
どの途現世の退廃は底まで行き着かずにはおかぬ。生き抜くことが最高の美徳であり、犠牲や献身が最大の欺瞞であることを僕等は否応なしに知るだろう。
かくて僕等は僕らのエゴイズムと徹底的に抱き合わねばならない。
 
ところで、梅崎春生の娘は昭和22年生まれの団塊の世代、昨今、その世代の方が多く亡くなる時代になったが、こんなことが書かれている。
 
三当五落と言って、一日五時間眠るともうだめで、三時間ならまあまあ。
 
つまり、同世代が多すぎて勉強しなければ浪人するという時代になったと言っているのだが更に続けて。
 
この年代の競争は、高校受験だけではなく、大学、人生を通じて、死ぬまで続くのである。この世代が社会の中堅になった時、社会や文明がどんな様相を呈するか、興味津々などとうそぶいてはいられない。
 
しかし、その世代が中堅を超えて晩年を迎えつつある現代を見たら梅崎春生、如何に思うのか。
因みに著者は昭和11年東大文科に入学、定員400人に対して志望者が300人そこそこ、ということは無試験で東大入学か。
そんな時代があったんだ!
過ぎ去った昔を偲ぶのは容易いが、戦後の混乱期や高度成長期のサラリーマンは大変だったろう。
ある日、朝の通勤ラッシュを見に行ったと梅崎は書いている。
 
聞きしに勝るすごいラッシュで、押しやさんがぐいぐい押し込み、人間たちはまるで経木の中の佃煮みたいに、重なって詰め込まれていた。
 
つまりこれだ!
 

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ともあれ、怠惰、怠惰という割にはかなり勉強していたのではないかというのが私の感想。
でなければ、こんな言葉も出てくるはずがない。
 
白髪雨害を被り、肌膚(きふ)また実たらず。 陶淵明
 
白髪は両鬢を被い、肌膚 復ゆたかならず、ではないかな?
 

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