居眠り狂志郎の遅読の薦め

未だ休読日に至らず

東條英機 処刑の日―アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」 猪瀬直樹

 
そうか、言われてみれば現在の天皇誕生日と東條大将以下七名の処刑日は同じ日なわけか。
他にGHQは新憲法施行日を昭和22年5月3日にしているが、それは一年前の東京裁判開廷日と同日。
A級戦犯28人を起訴した4月29日は天皇誕生日
つまりアメリカ側の狙いは将来、天皇の代替わりがあった時に戦犯処刑日を思い出すように敢えて12月23日を選んだ。
 
東條大将ら最初の4人が絞首台で吊るされたのは正確には23日午前零時1分30秒。
時計が零時を過ぎるのを待ってから執行されている。
そういうからくりだったのか!
新しい天皇にも戦争責任が刻印され引き継がれるよう仕組まれている。
昭和の負債を背負って生きていく運命に立たされたのが今上天皇の役目という書かれ方になっているが、確かにそうとも言える。
 
そもそも何故、あの時点で東條陸相に大命降下となったかは、それを画策した木戸内大臣に責任があるだろう。
日米開戦の急先鋒だった東條陸相を敢えて首班指名し、陸軍の突き上げをかわし、日米交渉を続けさせることで開戦を回避できないかというのが木戸内府の考えだった。
しかし結果は知っての通り。
返す返すも日米交渉の妥結をみなかったことは残念でならない。
南部仏印進駐が命取りになってしまった。
 
「進むを知って退くを知らず」
 
とは後年よく言われたことだが、そこが日露戦争当時の幕僚とは違うところだろう。
 

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