愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

食魔 谷崎潤一郎 坂本葵

 
本題に入る前に著者に付いて少し触れたい。
膨大な参考文献一覧を見て、一体、何者なのかと略歴を読むと、何と昭和58年生まれの女性で東大文学部卒、同大学院人文社会系研究科博士課程修了とある。
私とは親子ほど年齢が離れているが、こんな子が我が娘なら親子関係はどうなっていただろうか?
いやいや、我が遺伝子からこのような秀才が生まれるべくもなく、良かったのか悪かったのか、ともかく恐ろしい読書量には関心した。
 
さてと、とかく健啖家として有名な谷崎は食道楽と言った方がその性格に合っているのかも知れない。
谷崎は明治19年日本橋の裕福な家庭の長男として生まれ、幼い頃は何不自由なく乳母日傘で大事に育てられたが、父親の事業失敗が原因で家は没落、その後、築地精養軒を経営する家に住み込み、家庭教師として働くことになる。
主人一家は日々、美食三昧だが書生の身である谷崎は質素な食事で我慢、以前は裕福だっただけに主人たちの食事を横目に羨ましさは倍増、それが後年、人並み外れた健啖家になった理由らしい。
 
谷崎の自伝は読んだことがないが、執拗なまでに食の格差を描いているらしい。
例えば戦後の食糧難の時代、健康上の問題から熱海・湯河原に転居した谷崎はこんな物を食べていた。
 
食べる物も出来る限り京都から運んで貰ってゐる。肉は神戸牛や松坂牛ならぬ近江牛、これも京都から大きなかたまりで送って来る。夏でも特急で持って来て、熱海駅で落として貰ふ。鶏肉は今出川の鳥岩のを、腸だけ抜いて丸ごとで送らせる。魚は鯛、ぐじ、鱧、鰆、鮎、等々を四条のたん熊、銀閣寺の山月から、生菓子は堺町の松屋のがらん餅、深山路、鱧すしは祇園のいづう、錦の井傳、と、大体決まっている。
 
まるで別天地のような贅沢三昧だが洋食は嫌いで礼儀作法がやかまし過ぎるとぼやき、色気もお洒落もそっちのけで、ただ牛飲馬食を楽しめばそれで良しとなる。
谷崎の肉食文化論についてはこのように解説する。
 
西洋女性が栄養や運動でせっせと魅力的な肉体を作り、胸のふくらみや腰のくびれをことさら強調するようなドレスを着るのは、男を刺激して煩悩の苦しみに陥れる何ものでもない。
 
まったくだ!
ところで明治35年夏、住み込みで家庭教師をしていた築地精養軒だが、その後どうなったのかと思えば震災で焼失し被災を免れた上野精養軒が本店になった。
創業は明治9年と古い。
さて、ここに面白いエピソードが載っているので是非書いておきたい。
とかく潔癖症で有名な鏡花と芥川、里見、谷崎で鏡花贔屓の鳥屋で鳥鍋を喰いに行った時のことを後年、谷崎は書いている(凄いメンバーだ!)
 
鏡花がちゃんと肉に火が通るのを待っている間に食いしん坊の谷崎は、肉が煮え切るのを待ちきれずに次々と食べてしまう。
だから対抗策として、鍋の中に仕切りをしておくのだが、谷崎はうっかり仕切りを超えて喰うこと屡々。
 
「あっ、君それは」
 
と鏡花が気付いた時にはもう遅い。
その時の鏡花は何とも云えない困った顔をする。
 
「私は相済まなくもあるが、その顔つきが又をかしくて溜まらないので、時にわざと意地悪をして食べてしまふこともあった」
 
ところで谷崎の喰い方だが、これは品がないと言うかがさつと言うか一種異様なものだったらしい。
妻松子は書いている。
 
乱杭歯で、遮二無二その歯で食物を、咀嚼すると云うより肉を裂くと云う方が適切な感じがする程、一種壮烈な食べ方だった。
 
また、ある友人も言う。
 
歯がお茶碗にガチガチと当たるさまを初めて見たときには、お茶碗が欠けはせぬかと呆然とした。
 
谷崎は最晩年になっても食い意地の人生を貫いたと言えるだろう。
ところで谷崎には『陰翳礼讃』という小難しい随筆があるが、こんなことが書かれている。
 
日本の漆器の美しさはぼんたりとした薄明りの中でこそ発揮される。
幾重もの『闇』が堆積した色。
日本の料理は食うものでなくて見るものだと云われるが、こう云う場合、私は見るものである以上に瞑想するものであると云おう。そうしてそれは、闇にまたゝく蝋燭の灯と漆の器とが合奏する無言の音楽の作用なのである。
 
暗闇の中で吸い物椀を手に取ると、重みと共に温かい感覚が伝わってくる。
蓋を開けても、漆器の色と汁の色は同じ闇色で、どこからごこまでが汁で器であるか、見分けることさえおぼつかない。香り立つ湯気の中で汁をすすり、口に含んでゆっくりと味わう。
 
これを読んで初めて『陰翳礼讃』の意味が少し解った。
即ち柳田国男の『光明礼賛』の逆説を唱えていると著者は書く。
 
昔の貴人公子が佩玉の音を楽しんだように、かちりと前歯に当る陶器の幽かな響きには、鶴や若松を描いた美しい塗盃の歓びも、忘れしめるものがあった。
 
私には解らないが谷崎は闇こそ日本料理の基調と説く。
しかし、著者の読みはどこまでも深く、谷崎はやはり文豪なのだと痛感した一冊だった。
 

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