居眠り狂志郎の遅読の薦め

未だ休読日に至らず

千恵蔵一代 田山力哉

 
最近の人は多羅尾伴内なんて言っても殆どの人が知らないと思うのだが、では片岡千恵蔵と言えば誰のことやら名前と顔が一致するだろうか。
いくら大スターといっても明治生まれでは知る人ぞ知るとなってしまうのか。
俗に時代劇スターの七剣聖と言われた華やかりし時代もあったのだが。
彼等とは世代も違い過ぎて私も仔細には経歴を存じ上げないが、興味があったので古本屋で見つけ次第、即購入と相成った。
 
私の知っている片岡千恵蔵とは東映オールキャストの忠臣蔵大岡越前の父役そして多羅尾伴内ぐらいか。
出自はもちろん、どのような生涯を送ったのか全く知らない。
何でも本書によると、生まれは、ある華族の御落胤だと言う説もあるらしいがDNA鑑定でもしないと判断つきかねるややこしい事情がありそうだ。
 
映画界入りは門閥制度の歌舞伎では出世しないというのが理由だが若かりし頃は相当な美男子だったとある。
もちろん、当時はサイレント時代。
あの独特の濁声はトーキーに移行する折り、マイクを通すとキンキンと響く金属製の声だったことから意図的に低く太い声にセーブした結果らしい。
 
とにかく私の印象では凄みがあって押しが強く重厚感ある役者というのが第一。
しかし舞踊の方は全くダメで、その点、舞うように太刀捌きを演じた市川右太衛門とはやや芸を異にする。
役者人生60余年の生涯で出演総数、実に322本。
凄い数ですね。
 
共演した女優も入江たか子山田五十鈴、轟夕紀子、宮城千賀子と言っても、私などは当然、その全盛期を知らないので彼女らの美貌が分らない。
没年は昭和58年3月31日、駆け付けた右太衛門はこう言った。
 
「ほんとうに麻雀ばかりやりおって、だからこんなことになるんや」
 
そう、千恵蔵は大の麻雀好きで出待ちの時間は専ら仲間と麻雀三昧。
逆に右太衛門は30分も待たされるとお冠。
しかし意外だったのは妻子とは別にお妾さんが居たようで、その女性にボーリング場、レストラン、ゲームセンターなどの総合施設を任せ、その名も『小牧ハイランド』。
当時、名古屋在住だった私は、或は近くに立ち寄ったことも何度かあったかも知れない。
 
片岡千恵蔵一代記ならずとも、往年の銀幕大スターの生涯というのは意外と知らないものだ。
 

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