愛に恋

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裁かれた命 死刑囚から届いた手紙 堀川恵子

 
子供の頃には全く書けなかった読書感想文をこうして毎回書いているが、プロの書き手でもない私には実のところ四苦八苦、悪戦苦闘である。
長からず短かからず、冒頭の書き出しからしていつも悩む。
まあ、余談はともかく本題だが、この本は新潮ドキュメント賞受賞作ということからして大変な労作だ。
 
単純に裁く側、裁かれる側の内容ではなく人間として犯罪に向き合う心の葛藤を見事に描き切っている。
題材は 昭和41年、強盗殺人の容疑で逮捕された22歳の長谷川武という男。
さしたる弁明もせず、半年後に死刑判決を受けたが、独房から、死刑を求刑した担当検事に手紙を送り、検事の心を激しく揺さぶる。
果たして死刑求刑は正しかったのか、その徹底した追及に乗り出したのが著者の堀川恵子というノンフィクション作家。
この人の本を読むのは『永山則夫 封印された鑑定記録』以来2冊目。
驚くべきは殆ど無名に近いこの古い事件に対しての執念とでもいうような調査能力で迫っている。
 
今回、初めて知ったが検事は自分が捜査に関わった事件のその後というものをあまり知らないらしい。
つまり上級庁で判決が覆らない限り、二度とその事件に関わることがない為である。
 
当事件の担当検事は土本武司という人で長谷川死刑囚は計57通の手紙を検事、弁護人に送り、それが本書に掲載されている。
検事は1通ごとに心が浄化されていく被告の態度に動揺し悩み、異例なことに恩赦を請願する。
自らが死刑判決を求刑したにも関わらず。
 
著者は事件の核心に迫るべく出来る限りの関係者に面会し、埋もれてしまった長谷川の親族を掘り起こし、実母の何とも痛ましい経歴を紹介している。
夫を電車事故で亡くし、長男武は死刑、次男は行方知れず、三男は栄養失調で夭折、四男は養子、長男の処刑後、8年をして飛び込み自殺したとある。
 
読むうちに真面目で大人しいと言われていた長谷川を何ゆえ犯罪に走らしめたのか人間心理の不可解さばかりが思いやられる。
本書の中では忘れられない母子最後の対面場面がある。
処刑前日のことで著者が、当時立ち会った教誨師に直接聞いた話しだ。
 
「時間がきても母親は息子を放そうとはしない。そんな母親の姿を見せつけられて、若い刑務官はどうしていいか分らないでうろたえている。結局、それを引き離したのは私なんです。『お母さん、もう時間ですから』と言って母親を息子から引き離そうとしたんですが、母親も必死だから渾身の力で息子に抱きついていて絶対に離れようとしない。だから、私はあえてかなりきつい口調で母親に向かって言い聞かせたんです。『息子さんとの別れは現世だけのことです。あなたが精進して生きれば必ず来世で息子さんに会えるんですから』と。この部屋を出ればもう二度と生きて会うことの叶わない母子を力ずくで引き離すのですから、そのことを思い出すたび自分はもう何ということをしたのかと・・・。本当にたまりません。でもね、その場にいる誰かがやらなければならないんです」
 
教誨師の気持ちが痛いほど解る場面だ。
この本は人が人を裁くことの難しさを余すところなく伝えていて実に考えさせられた。
あまりにも素晴らしい本だっただけに著者はどういう人なのかと動画で検索してしまった。
1969年生まれというから、まだかなり若い。
で、早速、著者の本をまた買ってきたというわけで、それはまた後程。
 

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