居眠り狂志郎の遅読の薦め

未だ休読日に至らず

移動祝祭日 ヘミングウェイ

 
1961年3月のある日、夫と共にアリゾナで休暇をすごしていたハドリー・モーラーなる女性のところに1本の電話がかかってきた。
声の主は34年前に別れた最初の夫、アーネスト・ヘミングウェイ
そして彼はこのように切り出した。
 
「実はいま、君と暮らしたパリ時代の思い出を綴っているんだが、二、三、どうしても思い出せない事柄があるんだ。あの頃、若い作家たちを食い物にした男女がいたんだが、なんという名前だったかな?」
 
彼女がヘミングウェイ死す」の報に接したのはそれから3ヵ月余りのちの事だった。
その、最晩年の作品がこの『移動祝祭日』になるのだが舞台は1925年頃のパリ。
まだ無名の若きヘミングウェイ私小説で彼の研究家でもない私には、さして面白い作品とは思えなかった。
 
何しろ行ったことないパリのカフェや町名、ましてヘミングウェイの交友関係にも詳しくない私には飲んで食べて会話をして書く、それだけではつまらない。
ただ、この当時のパリは多くの芸術家を引き寄せた時代だけあって無知なのは私ばかり、名だたる才能が結集していた。
 
中でもかなりのページを割いているのがスコット・フィッツジェラルド
当時、『グレート・ギャツビー』で妻ゼルダと共に時代の寵児となった彼との交友関係は他にも増して面白い。
その面白い一部分を多少省略して抜粋してみたいと思う。
 
スコット「僕がゼルダ以外のだれとも寝たことがないってこと、知ってるどろう」
ヘミング「いや、知らなかったな」
 
「前に話したはずだけどな」
「いや、これまで、いろんな話しを聞かせてもらったが、その件は初耳だね」
 
「訊ねたいということは、それと関係があるんだ」
「けっこう。聞こうじゃないか」
 
「実はゼルダから言われたんだよ、僕のような体ではどんな女性も幸せにできない、自分も最初そのことで面食らったんだ、と。それはサイズの問題だ、と彼女は言うのさ。その言葉を聞いて以来、僕は以前の僕ではいられなくなってしまった。だから本当のところを知りたくてね」
「よし、オフィスに行こう」
 
「オフィスってどこだい」
「手洗いだよ」
 
「まったく完璧じゃないか。問題なんか何もない。上から見るから自然に短く見えるのさ。ルーヴルに行っていろんな彫像を見てごらん・・」
 
それから二人はルーヴルに行って男性の逸物の彫像を見て歩いた。
 
スコット「美術館の彫像は正確に再現されているとは限らないだろう」
ヘミング「いや、かなり正確なはずさ。たいていの人間はあんなもんだよ」
 
私もいろいろ文豪の伝記など読んできたがこんなような会話は聞いたことがない。
文豪同士が逸物を見比べて品評しあう。
まあ、これだけが言いたいがためにヘミングウェイはこの本を書いたわけではないが、これは記憶に留めたいエピソードだった。
少し脱線ぎみの感想文になってしまった悪しからず。
 

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