居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

「幕末」に殺された女たち 菊地明

 
 この本には自害、自殺、獄死、病死、戦死、刑死、惨殺と様々な事情で幕末期に死に至った22人の女性が書かれているが、これはほんの一例で実際にはもっと多くの女たちが命を落としている。
例えば会津戦争での女性の犠牲者は233人。
幕末維新が趣味で、今まで多くの関連本を読んできたが、その中でも感動と言ってはおかしいが、興奮するような場面がいくつかある。
例を挙げると!
 
・井伊大老の登場、老中首座堀田備中守が失脚
禁門の変、蛤御門の激闘
小栗上野介忠順、慶喜の裾を取って「いま一度ご再考を」と願う
・官軍、会津城下に乱入、城中から早鐘が鳴り響き、いざ決戦
征韓論で西郷が敗れ下野
・城山総攻撃、西郷自刃
 
など枚挙に暇がないが、多くの血が流れた現場を数多く見てきた。
水戸天狗党の首領、武田耕雲斎終焉の地。
敦賀には耕雲斎の銅像と彼等823人が押し込められた鰊蔵が残っている。
耕雲斎を含め352人の水戸藩士が斬首、塩付けにされた耕雲斎の首は水戸に送り返され、処刑される直前の妻に抱かせるという惨い仕打ち。
耕雲斎の家族は3歳の七男を初め悉く斬首。
水戸藩内の抗争はそこまで憎しみを激化させるものなのだろうか。
 
新撰組に拉致された古高俊太郎、拷問の倉庫も現存している。
新撰組副長、山南敬助切腹の家は壬生にある。
初代新撰組局長、芹沢 鴨、惨殺の部屋を見学した。
同夜、芹沢と同衾していた妾、梅も惨殺され首の皮一枚だった。
 
ラシャメンとなった唐人お吉が身投げした川。
ここに行ってみるとビックリする。
石碑が立っている場所は水かさが膝下の浅さで、こんなところで入水したのかと、いぶかしむが、おそらく昔はもっと深かったのだろう。
唐人お吉こと斉藤きちは洋妾と言っても玉泉寺に居たのはたったの3日で、ハリスが求めていたのは妾ではなく謂わば看護人。
何でも、吉と奉行所との間では12か条の取り決めがあった。
その一つに。
 
「経水相滞り、妊娠の模様相心得候えば、その段官吏へ申し入れ御訴え申し上ぐべく候事」
 
経水とは月経のことで役人はハリスの申し出に対し勘違いした様子がこの文面から読み取れる。
 
話しが横道にズレたが有名な会津藩家老、西郷頼母の一族の自刃には驚く。
武家の家に生まれた心得、作法に則り、子女21人が全員壮絶な自決、現場を見た土佐藩兵も涙したとある。
 
会津城下は各地で乱戦、女たちも襷鉢巻で薙刀を持ち討って出る。
中野竹子戦闘中、銃撃されて即死、その首級を落としたのは妹の優子。
その模様は以下の如し。
 
ここにおいて東軍苦戦に陥り死傷相踵(つ)ぐ
時に西軍中、励声連呼するものあり
「生け捕れい、生け捕れい・・・」
と、けだし婦人と悟りしなり。
声に応じ敵兵婦人隊を目がけて一時に群がり来たる。
婦人隊、また互いに相呼び、相励まし
「生け捕らるな、生け捕りの恥辱を受くるな・・・」
と、疾呼血を吐くがごとし。
かくのごとく力戦奮闘中、不幸にして竹子敵弾に斃る
「お姉様の御首級(みしるし)を敵に渡さぬように、私が介錯しましょう」
 
敵に御首級を渡してなるものかという覚悟が伺い知れる壮絶な場面で感動する。
憐れ、犠牲となった女たちの声を聞くような本だった。
 
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