居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

アウシュヴィッツ収容所 ルドルフ・ヘス

 
 何年か前にNHKで放送された『トレブリンカ 発掘された死の収容所』という番組を確か録画してあったと思い、探していたら、そのDVDがあり安堵した。
トレブリンカとはワルシャワから北東約90kmに存在したユダヤ絶滅収容所のひとつだが、証拠隠滅のためナチ退却時に徹底的に破壊され、当時の建造物は現在、何一つ残ってない。
今は単なる森林だが、ここでは大戦中、73万人ものユダヤ人が殺害されている。
 
アウシュヴィッツ強制収容所は現在も保存されているが、ここで何が起きた今さら私が語るまでもない。
この本はアウシュヴィッツの所長だったルドルフ・ヘス自らが逮捕後に書いた膨大な告白書の翻訳版である。
 
本題を前にナチにはルドルフ・ヘスという人物が二人いる。
一般的にルドルフ・ヘスと言えば副総統のヘスが有名だが、調べてみると日本語表記は同じでもドイツ語表記では異なり発音も違うらしい。
さてと、今回は感想文を書くに当って気が重い。
とにかく、私が最も疑問に思う点を最後の解説ではこのように書かれていて、まさに隔靴掻痒という見地だ。
 
「歴史においては個人の人格を重くみるか、それとも時代社会的構造要因を重視するかをめぐっては、周知のごとくこれまで繰り返し争われてきた」
 
基本的には性善説か否かという問題にも通じ一番の問題点だ!
さて、ヘスの家系だが代々軍人が多く、父親は除隊後、学校の校長を務めた厳格なカトリック教徒で息子にも、その道を歩んでほしいと期待していたらしいが、ヘスが10代の時に父は死亡、それを機会に母親の反対を押し切って16歳で第一次大戦に従軍、各地を転戦し殺人も犯したとある。
 
戦後、ドイツは帝政が崩壊、ワイマール共和政に移行するが、革命後に於いてはどこの国でも同じように暴力がはびこり凄惨な事件が相次ぐ。
そんな中にあってヘスが選んだ道は革命派労働者の殺害を使命とする反革命で有名なロスバハ義勇軍
各地で住民を虐殺し、中でも1923年5月に裏切者とみなした教師を惨殺した廉で逮捕服役。
恩赦で釈放後、SS長官ヒムラーはヘスを親衛隊に勧誘。
将来の収容所所長であったわけだが、開戦後、絶滅収容所に変容した施設長としてのヘスの責任は重い。
あらゆる残虐的行為に対し、部下の前では所長として振舞い一切の動揺は許されない。
その鉄壁で強靭なる意志こそがヒムラーの求める完全なるSS隊員ということになる。
 
収容者は14万人、絶え間なく輸送されてくる人を労働力とガス室行きに選別、貨物から何千という老若男女が降ろされ、家族が引き離されると聞くと大混乱が生じる。
引き離されまいと抵抗する収容者と強引に引き離そうとする親衛隊。
これらのことは『シンドラーのリスト』を見れば容易に想像できる。
 
病人や老人は即座にガス室送りになるが、彼等を安心させるために特殊部隊と言われるユダヤ人組織もあった。
殺害方法はチクロンB、その全行程をヘスは見ていた。
ヒムラーの要求は労働、処刑の処理能力のアップ。
こうなってくると被害者は単なる統計学的な数値でしかない。
自分たちが何百万人殺害したのか、もう誰も分からない。
アイヒマンにしたところで同じで、ただ、命令に粛々と従う。
それがナチに忠誠を誓った親衛隊の義務なのだと自分に言い聞かせる。
ヘスは言う。
 
ロシア人の共食い、囚人同士の食べ物を巡っての殺人。
それら身の毛もよだつ光景を目にしながら自己を律し、精神のバランスを保持する。
部下からの疑問の声も一切受け付けない。
ただ、ひたすら命令に従い、党と国家に忠誠を誓い東欧諸国民族を殲滅する。
 
ヒムラーの要求は端的に言えばこうなる。
 
これ以上、困難のことなどは、聞きたくない。SSの隊長たる者は、困難などのあるはずがない。その任務は唯一つ。困難ができたら、即座に自分でそれを片付けること、それだけだ!
どうすべきか、それに心を砕くのは、君であって、私じゃない
 
因みにヘスにも妻子がいる。
最後に書き残した言葉はどう理解したものか・・・?
 
軍人として名誉ある戦死を許された戦友たちが私にはうらやましい。私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械もすでに壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ。
 
世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。彼もまた悪人ではなかったということを。
 
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