居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

流星ひとつ 沢木耕太郎

 
お熱いのがお好き』の一場面、電車の中で向かい合って座るトニー・カーティス「本が逆さまだよ」と指摘されたり、自宅で柄にもなくラフマニノフを聴いているマリリン・モンローという人はわざと、あのような白痴美人的な役どころを演じていたと思うが、有名な「夜は何を着て寝るのか」という質問に「シャネルの5番よ」という当意即妙な答えを返してる。
白痴美人なんていう言葉をいつ覚えたのか忘れたが、昔、藤圭子が出た番組で料理が出来ないと公言していた彼女を見て、この人は所謂、「白痴美人」なのではないかと思ったことがある。
 
その藤圭子が自宅の高層マンションから飛び降りた。
日本に住んで居たことさえも知らなかったが、あまりに意外な結末で驚いた。
私は謂わば藤圭子世代で昭和40年代の中頃は毎日のように彼女と天地真理を何かしらの番組で見ていたような気がする。
デビューは昭和44年9月25日の『新宿の女』だが、あれを歌っていた頃はまだ18歳で桑田佳祐は、彼女の歌を聴いて「ドスの効いた声」と表現していたが全くだ!
 
宇多田ヒカルの例のデビューアルバムは990万枚を売り上げるという驚異的な記録を保持しているが藤圭子の打ち立てたアルバム・チャート42週連続1位という記録も破られることはあるまい。
それにしても親子で不滅の記録を持つというのも珍しい!
 
さて、今回の本、タイトルからは何のことやら分からない物だが、ノンフィクション作家の沢木耕太郎藤圭子の引退を知ってインタビューを申込み、昭和54年秋に
ホテル・ニューオータニのバーで行われた、その一部始終が掲載されたもので、長年持っていた藤圭子像というものを訂正するに充分な書だった。
しかし、本書は事情によって発売されず、製本した、たった1冊の本が藤に届けられ、日の目を見ないまま終わるすずだったが自殺を期に沢木は発売に踏み切った。
沢木が調べたところに拠ると活動期間10年でシングルが34枚で700万枚。
アルバムが35枚で110万枚、カセットが100種類で150万本。
稼ぎ出された金額は170億円。
年収は当時の価格で5000~6000万円。
 
まだ28歳の若さで、それら全て擲って引退するということに沢木は驚いている。
中学しか出ていない藤の引退後の計画は渡米して英語を習得すること。
知らなかったが彼女の父親浪曲師で母は瞽女、つまり旅芸人で、藤は子供のころから両親に連れられて歌っていたらしいが、その持ち歌というのが驚く。
畠山みどりの「出世街道」「浪曲子守唄」「刃傷松の廊下」などで、子供が歌う曲ではない。
家族構成は姉と兄を含めた5人だが生活保護の受給者であった。
とにかく貧しかったらしい。
 
しかし、一読して感じたことは藤圭子は少年のような言葉で返答したいる。
当時、沢木は31歳、藤は28歳。
例えば「そうなんだよ」「そうじゃないよ」と答える藤に対し、沢木の方が敬語で話しているのだが、この驚異的な記録の持ち主の引退を惜しむかのような会話が随所に見られる。
 
藤は19歳で前川清と結婚しているが、驚くのは彼女の家系に見られる早婚と離婚。
藤は僅か1年で離婚しているが、母、祖母、伯母、娘とみな同じ運命を辿っている。
しかし、藤は言う。
 
前川清ほど歌の上手い人はいない」
 
と熱弁を奮っているが離婚理由については、
 
「男として格が違うと思うの、でも、やっぱり、前川さんは肉親みたい気がしちゃうんだ。一緒にいると、こんなに心が落ち着く人はいないんだけど、心がときめかないんだよね。どういうわかか・・・」
 
「いくら周囲の人が、あの人はよくない、悪人だと言っても、あたしの胸がときめいてしまったら、それで終わりじゃない。前川さんとは初めから、そういう感じがなかったんだ」
 
これは、尊敬はしているけど性的な魅力を感じないということなのか。
それに対し沢木は付け加えている。
 
「くだらない、駄目な男ほど、女の人にとっては魅力があるもんだろうし・・・」
「そうなんだろうね、たぶん」
 
初めに書いた「白痴美人」の印象とは違い、苦労しただけあって、かなり聡明な女性の印象を持ったが、テレビで見る彼女は無口で陰気というか笑顔が無く、瞬きさえしない女で、どうも掴みどころないタイプだっただけに私の目を曇らせたか。
では、何故、自殺したのか?
前夫と娘のコメントによると・・・!
 
「精神を病み、永年奇矯な行動を繰り返したあげくの投身自殺だった」
 
ただ、ひとつ、解せない謎が残る。
同居していた30代の男性とは誰だったのか・・・?
その謎はいつの日か解明されることはあるのだろうか。
いや、今はもう藤圭子をそっと眠らせてあげればいいのか。
 
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