居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

夢声戦争日記〈第6巻〉昭和20年 (後編)

 
ブロガーというのは決して仕事ではないが、こう毎日、記事を書いていると、疲れもするが、それはそれなりに楽しい。
しかしながら所詮は素人の域を出ないのであって文章の作成には苦労が絶えない。
そして今日も、まるで何かに憑りつかれたように書かねばならぬ。
 
さて、昨日の続き、今日は20年4月から6月までということになる。
終戦までは4か月半。
日本と日本国民とって、これからが本当の正念場ということになる。
史上嘗てない混迷深き月日と膨大な死者伴う戦い、将に雌雄を決する時が迫って来たこの時、我等が夢声は如何にこれからの動乱を捉えていたか、今日もつぶさに見ていきたい。
 
4月、この時期の夢声の関心は専ら自宅の蔵書にある。
戦局は既に硫黄島が落ち、栗林中将は残存兵を集め、最期の突撃命令を下し玉砕。
主戦場は沖縄へと移ったが、夢声は日々、電車の中で芥川全集と格闘していた。
1日の日記。
 
これだけのものを焼いて了うのは勿体無いと思う。書庫には、同様、勿体無い本が無数にある。いっそ全部焼けてしまえば、返ってなんでもないのかもしれないが、斯うして手にとって眺められる状態にあると、惜しくてならなくなる。
 
ところで夢声には1男3女の子供が居るが、娘たちの防空態度が4月4日の日記にある。
 
高子は無暗に悲鳴をあげる。敵機が近づいたり、爆弾音が聴こえたりする度に、泣き声を出し、救いを求め、大騒ぎである。
明子は始終防空壕の中に音なしく入ったまま、ウンともスンとも言わない。
徹頭徹尾グーグー鼾をかいて寝込んでいたというから呆れる。
富士子に到っては、母親からいくら注意されても、てんで防空壕に入らない。
ジャンジャンと退避の半鐘が鳴ると、不承不承に出てくるが、あとは何があろうと自分の部屋で布団にくるまっている。
 
つまりは何だ!
毎度毎度、警報と半鐘が鳴り、あちらこちらで大火災が発生しても、もう聞き慣れたし空襲も飽きたってか!
夢声はいろんのところで書いているがラジオで敵機の侵入を知り、まず、どの方面に向かっているかを聞く。
関東、または東京へ飛来した時は上空の編隊の位置を確かめる。
一概に東京と言っても広い。
自宅からかなり逸れている場合は悠然と書き物をしたり、物見遊山で火事見物に出かける。
ふん・・・、そんなものなんだろうか!
しかし、事態はそんな生易しいものではないのだが。
21日の日記を見てみよう。
 
木下君の町では、百五十人の人間の中百三十五人ぐらいが焼死んだそうだ。
一割が生き残った訳であるが、その十五人の生き残りの中に、目くらの按摩が四人もいたとは妙である。
 
それ見なさい、云わんこっちゃない。
ところで内閣はというと、4月8日に小磯内閣から鈴木貫太郎海軍大将へ大命降下となったが夢声の感想は。
 
聊か期待外れ。
 
ということらしい。
5月2日の日記。
 
ルーズベルトムッソリーニヒトラーの三人が、僅か半月の間にバタバタ死んだ。
 
それにしても可笑しいのは
 
ムッソリーニ氏は、妾と共に捕えられ、銃殺されて曝しものになった。
 
妾と共に捕えられという表現が如何にも日本人的で可笑しい。
一般的には愛人と共にと表現されるのが普通だが。
まあ、それはいいとして、3日の日記に突然こんなことが書かれている。
 
性交を恥ずべきこと、他人に見られてはならぬこと、場合によると一種の罪悪であるかの如く考えること、これは人間以外には見られぬ現象である。
一体これは、人類の始まりの、どの辺からそう思うようになったのであろうか?
人類が未だ純然たる動物の域にあった時は、無論大ピラの行為であって、しかも他の動物なみにサカリの時期があったものに違いない。
それが少しく進化して、いささか人間らしきモノの考え方をするようになって、これを隠れてやるようになった。
年中ノベタラに行うようになったころと、隠れてやるようになったのと、大体同じ時代であったろうと思われる。
だが、そもそも性交なるものに、恥ずべき点がある筈がない。
況んや、罪悪などはコッケイも甚だし。
 
う~ん、成程、みんなそうやって生まれてきたわけだから、恥ずべき点、況んや、罪悪などはあろうはずがないのである。
吾輩も同感じゃ!
しかし先生、焦眉の急は今や違う問題かと思いますが。
5日。
 
端午の鯉のぼりの代わりに、B29の大鯉やP51の小鯉が、空に泳ぐのもまた面白かろう。
 
何を暢気なことを仰っているんですか!
奥さんや娘さんたちはどうなるんですか?
 
世界みな敵となりけり柿若葉
 
そんな俳句は要りません。
滅亡が近づいているんですよ、滅亡が!
9日。
 
今朝の新聞、愈々日本一国だけで暴れぬかねばならぬという国民激励の文字で満ちている。今更ながらえらい事になったもんだと思う。
ソ連、米、英、仏に四分されたドイツの地図を見ると、厭な気分になってくる。
必勝不敗を呼号している、日本の指導者たち、果たして当人が、その信念を持っているのだろうか。
とにかく行くところまで行くより仕方がない。
 
沖縄では激戦が続いている。
この時点で日本人の誰1人として、この戦の終焉がどのように訪れ、その結果がどうなるのかを予想出来た者はあるまいに。
5月14日。
これまた妙な記述。
 
嘗て内田百閒氏が、今井慶松と宮城道雄の比較論をして曰く「琴はなんと言っても今井です、段が違います。宮城君の琴は演奏中でオナラをするものがあれば、調べが乱れる。然し慶松の方はオナラが鳴ろうと雷が鳴ろうと、ビクともしません」と。
 
生憎と当方は琴についてはさっぱり解りませんが宮城道雄は検校だが、百閒先生の言うとおりなのだろうか。
さてさて、戦の方の心配はどうなっていなさるかと言えば、あったあった。
5月20日。
 
私など、一日交替ぐらいで一喜一憂している。
無論、日本が負けるなどとは思わないし、思ってはならないのだが、どうかすると負けた場合の想像などしていることがある。
今日は悲観の日である。
どうも沖縄は一時、敵に渡すのではないかという気がする。
 
確かに予想は当たっているが、沖縄戦はまだこの先、1か月は続く。
5月25日、また脱線だが、これは何と捉えたらいいのか?
 
富士山を目標にして敵機が来るという。
焼夷弾が夜の亭主のおつとめを免れさせるという。
 
これは一体、如何したか?
まあ、確かにそういうこともあろうが、これではまるで、亭主が「良かった、今夜は空襲があって」と言っているように聞こえるが、果てさて。
この日の大本営発表
B29、250機帝都来襲。
 
26日、横須賀線は横浜止り、桜木町線は鶴見止り、東横線は日吉止り、小田原線は新原町田止り。
29日、夢声は友人たちと大酒宴。
しかし、この時期、警報は日常的なもの。
大本営発表、B29、500機、P51、100機横浜来襲。
どうだろうか、こんなことが想像できるだろうか。
現在、私たちは上空に飛行機が同時に飛んでいるのを、せいぜい3機も見れば多い方だと思うが600機の飛行機が空を埋め尽くし、爆弾を投下する。
将に、この世の終わりではないか。
31日。
 
敵は「第三次東京空襲で残りを全部片づける」というビラを撒いたそうだ」
第三次をよく考えてみると、第一次が下町、第二次が山の手、第三次が新市内、即ち元郊外区域ということになるらしい。
 
6月2日。
 
東京駅は世にも他愛なくやられ、五反田渋谷ペロリとやられ、新宿駅は歩廊のみとなりいる。
旧東京は全滅である。
これを見てもさしたる驚きなきは如何?
 
6月9日。
 
「東京を坊主刈りにするつもりですが、目下の所、虎刈りで御気の毒さま」というようなビラを敵機が撒いた。
 
夢声は吾家が焼けても硝煙の中に踏み止まるつもりでいる。
6月10日。
 
二階に上がり新聞を読み、昨日の日記をつけていると、近所のラジオが関東地区警戒警報発令を知らせる。
敵機編隊は6時30分頃八丈島上空を通過し北上中なり、只今時刻は6時44分。
「来た来た」と階下で静枝が言う。
どれ、私も便所にでも入り、支度を致そう。
 
実際には徳川一家防空壕に、それぞれありったけの荷物を入れて準備は怠りない。
無論、日本側も黙って見ていたわけではない。
敵機に体当たりするもの、高射砲も撃ちまくる。
しかし、この日の目的は霞ケ浦方面だったらしい。
 
16日。
夢声国民義勇隊の隊員になる。
愈々というときには参謀本部に属し、国民戦闘隊となり女も子供も武器を取って戦うことになるとか。
娘たちも各々、会社工場単位で、それぞれ義勇隊に入る。
夢声は言う。
 
放送している最中に爆死するなど、私としては最高の死にかたであろう。
 
19日。
 
聴いた話しに、米空軍は、徹底的に爆撃を慣行する、たった一軒残った家に大編隊でやって来て粉砕する、という。
支那あたりでは、敵の小型機は何でも動くものなら掃射する。
一頭の水牛を三機で追い回して、これを動かなくなるまで、浴びせかける、という。
 
6月20日。
 
大森方面に敵機が撒いたビラ。
6月20日に、B29、700機、P51、300機東京の焼け残りを奇麗に片づける、と記してあったが、それは今日ではないか、と私たちは笑いながら言う。
 
しかし、激化する空襲の中でも夢声は毎日仕事に出かけている。
この日の空襲は豊橋、静岡。
ところで東京大空襲を指揮、考案したアメリカのカーチス・ルメイ少将。
日本人にとっては悪名高き人物である。
独創性のアイディアで如何に多くの日本人を殺傷できるか日々、考えていた。
その結果、3時間にも満たぬ間に、死者行方不明含め10万人以上、被災者100万人以上、約6平方マイル内で25万戸の家屋が焼失し、ルメイの部隊は325機中14機を損失しただけ。
勝者が逆転していれば真っ先に戦犯指名に名が上がっていただろう。
しかし、何故かこの人物の名は日本でも知られていたんですね。
ただ、夢声の記述ではルメーとなっているが。
 
さて、今回は記事作成には疲れました。
残るは第7巻だけ。
最終局面を夢声はどう迎えるのか。
更に夢声の家と蔵書はどうなるのか。
余すところ2か月半。
乞うご期待。
 
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