愛に恋

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夢声戦争日記〈第3巻〉昭和十八年

 
さて、第三巻である。
はっきり言って民間人の日記を読むというのは、あまり面白い作業とは言えない。
ひとつには知らない人が無数に出てくることにもある。
戦時中ということを考えれば軍人や政治家の日記の方が戦況や政争でこちらも一喜一憂するが、いくら高名な文化人、徳川夢声と雖も所詮は市井の人。
 
実は、何故、この本を読むことになったのかには理由がある。
以前、ブログにも書いたが、ある古本市で『夢声戦争日記』の全巻が単行本で売っていたのを見たのをきっかけに読書欲がわき、いつか、文庫化されたものを見つけたら読んでみようかと思っていたのだが、その前に一つの疑問を晴らしたく誰か徳川夢声か、この日記に興味を持っている人に質問してみようとかねがねネット検索していた。
で、ようやく見つけた人に早速、質問を投げかけてみた。
凡その答えは予想していたのだが、まったくその通りの答えが返ってきた。
 
質問 「昭和52年の発行以来、なぜ文庫版での復刊はないのか?」
返答 「出版元も商売ゆえ、読まれもしない本を再販することはない」
   「第一、現在では徳川夢声そのものを知らない人がいる」
   「故に今時、この日記全巻を読む人はよっぽどの物好きである
 
と、云われちゃ、読まずにいられめえ。
と言うのが私の結論だった。
ところで全七巻中でこの三巻目が一番長い。
昭和18年元旦から師走までを書いている。
まあ、しかしどうだろう。
前回も書いたが今回も戦争日記というよりは「花鳥風月日記」とでも言った方がお似合いかも知れない。
 
夢声漫談家にして俳優、そして文筆家。
故に各地への慰問や興行、ロケと全国を周り仕事には恵まれた生活を送っている。
しかしこの人、俳句好きと見えて列車での長い道中、句作に熱中し、その作品が全て載っている。
また、それぞれの土地で見た植物や食べ物。
そして大の酒好きでもあり貪欲な読書家。
今から思えば初めから夢声が古本屋で買った本を書きとめておけば良かったと思うほど、かなり難しい本も読む。
夢声、この年、50歳。
 
戦争に関する記述は新聞で読んだことなどちらほら書いている程度。
昭和18年では、まだ国民の中には敗戦という意識は薄いようだ。
人間、誰しも経験したことのない事は想像の範囲を出ない。
まして敗戦という経験を持たない日本人にはその実感がないのは当然とも言えるかも知れない。
何がなんでも勝たねばならぬとみんなが思っている。
 
18年の元旦はクアラルンプールで迎えた夢声は1月12日、帰国船の中での模様をこのように書いている。
 
「捕虜のオランダ兵たちは夜になるとコーラスをやる。それが実に見事なので、日本の帰還兵たちも、思わず喝采せずにいられない。大体、十数人でやるらしいが、ソプラノ、アルト、バリトン、バスと完全に揃っているのである。ギターの伴奏だけが入るのである。真っ暗闇の中で、私たちも朝鮮人の一行も、日本兵たちもシーンとなって聞きいる。私は、涙が出てこまったが、暗いので誰にも見られない」
 
呉越同舟の中にも感動はあるのですね。
しかし、この年、夢声を驚かせることがいくつかあった。
まずは連合艦隊長官の山本五十六の戦死である。
そして5月にはアッツ島の玉砕。
 
「山崎部隊長が、いかに苦しくなっても一兵の増援、一発の弾丸の補給も願わず突撃。傷病兵はみな自決」
 
ムソリーニの失脚にも驚いている。
10月27日の夕刊で「中野正剛氏自殺」の記事にもショックを受ける。
文面からすると、前日、中野が憲兵隊に拘束されたことを知らない様子だ。
だが10月30日にはこんな記述もある。
 
「往きも帰りも、京王電車の大した混みよう。競馬行きの客で息も止まりそう。
 競馬に夢中になっている人の顔を見ると非国民に見えて仕方ない。喰うか喰われるかという大戦争をやっているのに、この連中はまあ一体、如何なる所存なのか」
 
11月19日には。
 
「舞台から灰田勝彦が下りてくる。近頃若い女たちが大騒ぎをする。この男の顔をしみじみ眺めたが、どうも私には好さが分からない。顔色は悪いし、眼は細いし、痩せてはいるし何所がそんなに好いのか分からない」
 
昔も今も若い女性の気持ちは変わらないのですね。
そして問題の12月9日。
東京駅は学徒出陣の朝でごった返していた。
 
「間もなく到着する列車は、団体専用車ですから、一般の方は御乗りならないで下さい」
 
とアナウンスされ、列車が到着すると大学生たちは続々と乗り込む。
 
「見送りは、かたく禁じられております。見送りの方は即刻御帰り下さい」
 
無情のようにも聞こえるが、もし、見送りを許したらホームは大変な状態になる。
これが今生の別れになるやも知れぬと思ったら双方涙なくしてはおれまいに。
その一部始終を見ていた夢声は思わず感極まって万歳を叫んだ!
そして昭和18年は終わって行くが競馬だ灰田勝彦と騒いでいる間も南方戦線では死闘が繰り広げられているわけで、果たして翌年の国民意識はどう変わっていくのかはまたのお楽しみ。
 
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