居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝 栗原康

 
世に言う甘粕事件を知るには数人の著名人の経歴も一応知っておかなければならない。
第一に大杉栄、そして甘粕正彦憲兵大尉、伊藤野枝、神近市子、辻潤平塚らいてう
荒畑寒村、山川均、堺利彦などだろうか。
中でも大杉と甘粕に関する研究書は多い。
確か、私の記憶では名古屋の陸軍幼年学校の五期先輩が大杉だったような気がするが。
その大杉が甘粕らに殺害されたわけだから関係者の証言や経歴に興味を覚えるのは私としては必然的なのだが、今回の本、タイトルが刺激的なのと、今まで見た事なかった野枝の写真に魅入られ、早速に購入したわけだが、数ページ読んだ段階でしまったと思った。
 
本来、ノンフィクション、評伝、伝記の類は文体も型苦しく内容も硬質なものと思っていたが、まるで、若者の流行語をなぞったような文体にはたまげた。
 
「マジ、ヤバい」「てんぱってる」「すげぇ」「即トンズラ」
 
果たして評伝でこんな表現があろうか。
腹が立って作者の経歴を見るに以下のように書かれている。
 
79年生まれ、早稲田大学大学院政治学研究家、博士後期課程満期退学。
専門はアナキズム研究。
 
更に私の癇に障ったのは必要以上に平仮名に拘る点。
小学校で習うような漢字を敢えて平仮名で書く。
しかし、思ったより読まれている本なので、それぞれの感想文など読むと意外に好意的。
これははっきり言って歳の所為ではないのだろうか。
伊藤野枝サブカルチャーの視点で読み解いたような本とでも言うか。
 
それにも増して苛立つのは、この作家、やたらにセックスという文言を使いたがる。
例えば辻潤の記述ではこうなる。
 
染井の森で僕は野枝さんと生まれて初めての恋愛生活をやったのだ。
遺憾なきまでに徹底させた。昼夜の別なく情炎の中に浸った。
 
それを著者流に意訳すると下卑た感じになる。
 
ヒマである。どうしたものか。ふとみれば、野枝がすわっている。こりゃあもうやることはひとつしかない。セックスだ。セックスである。ど根性でセックスだ。辻と
野枝は昼夜をとわずセックスをした。
 
なんじゃこりゃ!
更に言う。
 
ど根性。家のことなんて関係なく、好きなひとと、好きに恋をして、好きなだけセックスをすればいい。
 
わがまま、友情、夢、おカネ、結婚なんてくそくらえ、腐った家庭に火をつけろ。
ああ、セックスがしたい、人間やめたい、ミシンになりたい。
 
他人の迷惑をかえりみず。やりたいことしかやりたくない。それができなければ、即
トンズラだ。夜逃げの哲学、逃げろ、もどるな、約束まもるな。
 
ウンザリしてきた。
ところで、大杉や野枝の言う無政府主義とは如何なるものなのか。
今日、伊藤野枝全集が出ているが、それによると以下のようなことか。
 
自由恋愛、就労時間の短縮、家父長制度の撤廃、習俗打破、廃娼論。
してみると、現代の男女雇用機会均等法不払い残業ウーマン・リブなど野枝は先取りしていたようにも思うが、では無政府とは何か。
野枝は言う。
 
相互秩序の輪を広げていけば行政などいらない。
損得じゃない無償の行為で相互秩序の輪を広げていけば、国家も経済もいらない。
非国民、上等。失業、よし。目のまえでこまっているひとがいたら、人はかならず手をさしのべる。無政府は事実だ。
 
う~ん、どうなんだろうか。
と、私は思うが著者はおそらく野枝を崇め奉っている。
因みに野枝は辻潤との間に二人、大杉との間には五人の子供を儲けたが大杉とは婚姻関係になく28歳までに七人の子を産んだことになる。
一方、大杉はどのように見られていたのか。
野枝の叔父の回想がある。
 
大杉栄は世に恐ろしき怪物のように誤り伝えられおりしが、その個性においては実に親切にして情に厚い。
 
当時の大杉に対する伝聞の間違いを指摘している。
ところで、例の日影茶屋事件だが、確か、瀬戸内さんの本では宿泊代など旅費は神近から貰ったように書かれていたと思うが。
それに激怒した神近が乗り込み大杉を刺したと。
だが、この本では内務大臣の後藤新平から貰った金で相州、日影茶屋に行ったとあるが。
何れが事実か。
ただ、後藤内相から金を貰ったのは事実だ。
 
総じて、あまり勉強になる本ではなかったが、ただ一つ、震災当日に撮られた大杉、
野枝、最後の写真が存在することは初めて知った。
それがこれ。
 
 

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