愛に恋

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死刑の基準 「永山裁判」が遺したもの 堀川恵子

 
私には、やや、分不相応な本だとも言える。
著者も言っているが当初、まったく売れなかったとか。
ところが第32回講談社ノンフィクション賞を受賞したことで事情が一変。
確かに優れたノンフィクション作家で、これまで『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』『永山則夫 封印された鑑定記録』『チンチン電車と女学生 1945年8月6日・ヒロシマ』と読み、今回で4作目。
 
著者、2度目の永山作品だが、その永山が処刑されたのは1997年8月1日、もう20年にもなるわけだ。
あの日、確か支援していた遠藤弁護士の下だったかどうか忘れたが、資料、遺品が送られて来たのをテレビで紹介していた。
著者は、その未整理となっていた膨大な書簡類や著作などに目を通し永山の軌跡を辿るわけだが、私としては、ここで永山の人なり、または事件そのものの概要を語るつもりはない。
 
とにかく、永山は極貧の中で育ち、確かに同情に値するような少年期を送ったことは誰もが認めるところだが、果たして、事件の背景にあったものは貧困故の犯行だったかと言えば、私は昔から否の立場を取っている。
兄妹は8人、父は博奕で身を滅ぼし、母は子を捨て実家に帰り、零下30度の中を生き延びねばならなかった少年期を思えば誰もが言葉を失う。
それに、19歳3か月での犯行という永山の年齢。
 
さて、今日言われるところの「永山基準」、この本は、その点に関し、当時、任に当たった裁判官などの法学理論を読むわけだが、これが私には難しい。
しかし、要点をつまんでここに書かなければいけない。
 
まず、裁判の経過だが一審の東京地方裁判所は死刑判決。
検察側は控訴最高裁控訴審判決を破棄し事件を東京高裁に差し戻し死刑が確定。
この東京高等裁判所無期懲役減刑に判決を下した船田三雄裁判長に多くの紙数を費やしているので、それを少し書かねばならぬ。
死刑判決を下す場合の船田論ではこうなる。
 
ある被告事件につき死刑を選択する場合があるとすれば、その事件については如何なる裁判所がその衝にあっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。
 
つまり、どこの裁判所の、どの裁判官が当たっても死刑に相当すると判断されねばならない事項のみ死刑となしうると言っているのである。
 
結果、二審で無期懲役の判決が下ったわけだが、それを境に弁護団は一斉に沈黙を守った。
しかし、世論はそれを放っておかず、裁判官や弁護士に鋭いバッシング。
4人を殺して死刑にならない「感傷判決」と揶揄され、すかさず検察は「量刑不当」で上告。
死刑相当の事件に関しては死刑判決を下さなければならないという『公平の原則』という法の基本的精神に反するというわけだ。
 
なるほど、例えば2人殺害した人が死刑になっているのに4人殺害しても死刑にならないのはおかしいと。
これは公平の原則に反するわけだ。
そして最高裁判決文にはこうある。
 
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せて考察したとき、その罪状が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。
 
更に。
 
一か月足らずの期間に東京、京都、函館、名古屋と4人も殺害し、特に名古屋では被害者のタクシー運転手が「待って、待って」と命乞いをするのも聞き入れず殺害。
また、被告人同様の環境的負因を負う他の兄弟らが必ずしも被告人のような軌跡をたどることなく立派に成人したことを考え併せると、環境的負因を特に重視することには疑問がある。
 
そして。
 
被告人は、本件犯行の原因として責められるべきは被告人自身ではなく、被告人の親兄弟、社会、国家等の被告人の周囲の者であるとして、自己の責任を外的要因に転化する態度を公判廷でも獄中の手記でも一貫して維持しているが、被告人の右のような態度には問題があるし、被告人が結婚したことや被害弁償を過大に評価することも当を得ないものである。
 
と厳しい。
そして、今日言われるところの『永山基準』は九つの量刑因子というものを持って定まる。
曰く。
 
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状
 
辛酸を舐めた幼年期であったとしても、遠山の金さんではないが、人を殺めた罪は罪。
ただ、当の永山にとっては辛く厳しい毎日であったことは確かだろう。
就職先の店主から戸籍を取り寄せろと言われ、届いた戸籍には網走市呼人無番地」とあり、かなりショックを受けたようだ。
 
獄中では猛勉強し、ドストエフスキー、チエーホフ、マルクスエンゲルスゲーテアリストテレスプラトンフロイトキルケゴール河上肇とありとあらゆる本を読み、「思想を残して死ぬ」と言っていた永山。
函館で殺害したタクシー運転手に小さい遺児が二人いると聞いてショックを受ける永山。
 
文筆活動に専念し、印税は遺族に送り続ける永山。
獄中で結婚、離婚する永山。
最後に、永山事件で最高裁調査官を務めた稲田輝明氏は退官理由としてこんなことを言っている。
 
本当の真実を知っているのは、被告人だけだ。
もちろん裁判官も最善を尽くして必死にたどろうとはするのだけれども、本当に何が起きたかを知っているのは神様と被告人だけである。
それを前提にしたうえでなお、人を裁かなくてはならないことの重み。
逆に自分が裁かれているような気持ちになる。
真実を知っているのは、目の前にいる被告人だけだけであり、裁判官である自分が読み上げている判決が正しいのか、間違っているのか、逆に被告人に裁かれているような気持ちになり、刑事裁判官を辞めようと決意した。
 
これは深いね。
まさにその通りだ。
被告人が、「どうだ裁判官よ。どこまで真実に迫れるかな」と、お手並みを拝見しているような態度に出られては、何か薄気味悪い。
私なら務まらない。
人間が人間を裁くことの難しさ。
しかしながら職責から断を下さなければならないジレンマ。
つくづく考えさせられる1冊だ。
 
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