愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

平成文学(読書録)

夏物語  川上未映子

本書は652頁もある大長編で、やたらと心理描写や情景描写が長い。私にしてはやや読みづらいものだった。著者は2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞の受賞者で、それを読んだ時にはあまり印象に残らなかった作家だったが、これだけ長いと作家の気持ちに寄り添…

蹴りたい背中 綿矢りさ

現在の私が20歳前後の青少年だったら、これを読んでどう思っただろうか。にしては、あまりにも時の経過があり過ぎて、当時の感性を取り戻すには遅すぎる。ただ、19歳だった私なら、作家としての野望もなく遥かに遠い存在に思えたかもしれない小説家。読むに…

ポトスライムの舟  津村記久子

芥川賞選考委員会はまず文学的な技巧の高さを評価したみたいだ、併し、読み始めて何だかつまらないなと思っていたら、徐々にこれはなかなか書けない上手さだと気づかされる。29歳、社会人8年目、手取り年収163万円。工場勤務のナガセは、食い扶持のために、…

沖で待つ 絲山 秋子

結婚した親しい会社の男子社員と生前、ある約束をしていた。どちらかが死んだら、それぞれ合鍵を使ってパソコンに残された秘密の情報などを全て消去する。あっけなく死んでしまった、その同僚のアパートに忍び込み、まるで犯罪者のように悲しみを抑えパソコ…

首里の馬 高山羽根子

ストーリーを忘れないために解説を載せておくが、問読者(トイヨミ)それが未名子の仕事だ。沖縄の古びた郷土資料館で資料整理を手伝う傍ら、世界の果ての孤独な業務従事者に向けてオンラインで問題を読み上げる。未名子は、この仕事が好きだった。台風の夜に…

暗渠の宿  西村賢太

私の知人女性に西村賢太の大ファンがいるが、藤澤清造没後弟子と自任している私小説作家のこの人の本を読むのは2冊目。女性が彼のファンになる心理がどうも解らないのだが、私から見ると自堕落な生活で酒浸り、性欲のかたまり、風俗嬢に90万貢いで騙される。…

名探偵の生まれる夜 大正謎百景 青柳碧人

昭和31年3月25日、東京八重洲、平塚らいてうは東京駅にほど近いデパートの催し物会場で、山下清の初展覧会を見たついでに本人を紹介され、2人は初対面で、らいてうが「山下さん、この貼り絵の海は、茅ヶ崎ですか」と訊いたことから、話は思わぬ方向にずれて…

いねむり先生 伊集院 静

本書を読むまで伊集院静と色川武大(阿佐田哲也)の繋がりというものを知らなかった。世代も違うし異色の二人の交際など想像もできない。併し、実際は伊集院が夏目雅子を亡くして2年後あたりに知人から紹介され、麻雀に誘われたころから急速に接近し、世間で…

すぐ死ぬんだから 内館 牧子

終活なんて一切しない。それより今を楽しまなきゃ。78歳の忍ハナは、60代まではまったく身の回りをかまわなかった。だがある日、実年齢より上に見られて目が覚める。「人は中身よりまず外見を磨かねば」と。仲のいい夫と経営してきた酒屋は息子夫婦に譲って…

i 西 加奈子

裕福なアメリカ人と日本人夫婦に養子として迎えられ、安定した環境で育つシリア難民の子、アイ。世界で起きている紛争や戦争で心痛めるアイは、常に恵まれた生活をしている自分のアイデンティティに悩んでいる。格差、災害、セクシュアリティ、家族、要約す…

ミルク・アンド・ハニー 村山由佳

現在のスマホの壁紙は、何年前だったか、大病をする前に紀伊國屋でサイン会があった時の村山由香さんとツーショットで撮った写真を使っている。 私が彼女に興味を持ったのは前作の『ダブル・ファンタジー』からで、その続編が本作となる。 タイトルを見れば…

同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬

映画『スターリングラード』を観ると、最初に新兵に対する上官の訓示がある。武器弾薬の枯渇から新兵に渡される小銃がなく、上官は「死んだ者の銃を取って戦え」という無理な支持を出す。そして列車は地獄の戦線スターリングラードに到着すると、上官に怒鳴…

つまらない住宅地のすべての家 津村記久子

これってイノッチ主演で演ってたドラマだよね。 観てないけど。 とある町の、路地を挟んで十軒の家が立ち並ぶ住宅地。そこに、女性受刑者が刑務所から脱走したとのニュースが入る。受刑者はどうもこの街に関係ある者らしく、自治会長の提案で、住民は交代で…

七十歳死亡法案、可決 垣谷美雨

年金制度の崩壊、医療費はパンク寸前、介護保険制度は認定条件だ厳しくなり財源が追い付かない。2020年、65歳以上の高齢者が国民の3割を超え、社会保障費は過去最高を更新し続け、国家財政は破綻寸前まで追い詰められ、ついに政府は大きな決断を下す。「日…

苦役列車 西村賢太

友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか―。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労…

革命前夜 須賀しのぶ

ふ~ん、これはかなりの紙数をクラシック、それもバッハに費やしている。 他にもラフマニノフ 絵画的練習曲『音の絵』バッハ『平均律クラヴィーア曲集』第1巻 『マタイ受難曲』リスト『前奏曲(レ・プレリュード)』ラインベルガー オルガンソナタ11番第2楽章…

三千円の使いかた 原田ひ香

帯に「この本は死ぬまで本棚の片隅に置いておき、自分を見失うたびに再び手に取る。そういった価値のある本です」とあるが、そこまで重要なものだとは思わない。 上手に節約して計画的に堅実にお金を使う、あまりそんな風にう生きて来なかったな。青春とは人…

世界から猫が消えたなら 川村元気

郵便配達員として働く三十歳の男性。映画オタクで猫とふたり暮らし。そんな男性ががある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを宣告される。絶望的な気分で家に帰ってくると、自分とまったく同じ姿をした男が待っていた。その男は自分が悪魔だと言い、奇妙…

月まで三キロ 伊与原 新

今年、二番目にいい作品だった。 6編からなる短編集だが、それぞれの登場人物が必ず難しい専門知識の持ち主で、主人公を魅了していく話になっている。 著者は東大大学院理系科の卒業で知識の豊富な作家だが、理系要素が素人にも分かるような内容で読みやすい…

かがみの孤城 辻村深月

泣いた、泣けた、最高傑作、という人が多い中、さすがに私の年では泣けない。 ファンタシーとオカルトを併せ持ったような作品で、「本屋大賞を」受賞している。 日頃、この手のものは読まないが話題作とあって、つい古本屋で手が伸びた。鏡をすり抜けると異…

月の満ち欠け 佐藤正午

多くの人が読んだ本書は輪廻転生がベースなのか、人は誰かに生まれ変わる、そして以前の恋人の前に生まれ変わった姿で現れる。 なんだかホラーともミステリーの落とし子のようで、これが直木賞なのかといぶかりながら読んだ。 中には大変な本だという人もい…

宝島 真藤順丈

最近の直木賞というのは斯くも長いものなのか。 まるで弁当箱ではないか。 沖縄の復帰が佐藤内閣時代のことだとは知っていたが、果たしてその時点で、沖縄がアメリカの占領下にあったことを知っていたかどうか覚束ない。 更に敗戦から復帰までの沖縄の歴史も…

終の住処 磯崎憲一郎

たかが121頁の本だが殆ど会話がない小説で読みにくかった。 芥川賞受賞というころで買ったのだが、どうもピンとこなかった。 結婚すれば世の中のすべてが違って見えるかといえば、やはりそんなことはなかった。互いに二十代の長く続いた恋愛に敗れたあとで付…

帰郷  浅田次郎

本来、戦争文学は自らの体験を語るのが王道だろう。 例えば大岡昇平の『レイテ戦記』などはその最たるものだ。 また、吉村昭、野間宏、大西巨人、古山高麗雄と戦前に生まれた人の体験は貴重なものだが、今やそれらの人は死滅して後を継ぐ者は戦後第一世代と…

熟れてゆく夏 藤堂志津子

初読みの作家で、表題作以下三篇の作品が収められている。 30年前の作品だが文字が浮き立つほど筆力を強く感じた。 著者は昭和24年生まれの独身だが、どの作品も性体験の豊富さを感じずにはおれない。 例えばこんな文章。 「最初のころは抱かれるたびに的確…

プラナリア  山本文緒

先日、山本文緒さんの訃報を聞き、確かうちの積読本の中に1冊あったはずだと思い、取り出してよんでみた。 表題のプラナリアとは再生能力が著しく、頭に切れ込みを入れて3等分にすれば、3つの頭を持つプラナリアに再生するという、小さなミミズみたいな生物…

JR上野駅公園口 柳美里

たった184ページの本なのに、意外と苦労させられる本書にみんな手古摺っている。 私も同感で、福島県の方言を交えた回想など非常に理解し難いものがあり、出だし、現在と過去の接点が良く解らなかった。 現上皇陛下と同じ誕生日の主人公は息子、妻に先立たれ…

パーク・ライフ 吉田修一

以前にも似たようなことを書いたが、芥川賞作品というのは、先ず、記憶に残らないことが多い。 読了後、棚に納めた段階で、早や、風化し始める。 本作が悪いというのではなく、日常的に起こったことを観察した洞察力の問題で、なるほど、このように書けば芥…

長いお別れ 中島京子

身につまされるね。 私は両親とは幼い頃に別れたので、認知症の親の面倒を見るということはないが、友人などにはこの問題に直面、または直面していたという人を何人も知っている。 「あんなに頭の良かった母がなんで」と嘆いていた声が忘れられない。 妻と三…

スクラップ・アンド・ビルド 羽田圭介 第153回芥川賞受賞

祖父の介護と言いつつ、孫の取る態度は徐々に生きる気力を奪っていくようなもので、それを分からず祖父は孫に感謝の言葉を投げかける。 母親は実父でありながら、まるで粗大ごみのように扱う言動など、表に出ないだけで実際には世間ではよく見られる光景なの…