愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

一読三嘆

ジュール・ルナールと言う名を聞いても思い浮かぶのは、小説『にんじん』ぐらいしかない。 中学生の頃、学校の図書館に行っては放課中に読んでいた本だ。 結局、完読出来なかったが。 そのルナールに『博物誌』という書がある。 昭和26年初版で訳者が岸田今…

真理を悟るための虚構

芸術は、真理を悟るための、虚構である ピカソの名言らしい! 私みたいなボンクラには何を言っているのかよく解からない。 腰痛は 会社を休むための 言い逃れである これなら分かる(汗 『ゲルニカ』が名画であるということは理解出来る。 然し、どう名画な…

われも雛罌粟

与謝野晶子と鉄幹です。 電車を1本やり過ごしてまで魅入ってしまう写真ですね。 櫂は三年櫓は三月なんて言いますが、二人は舟を漕ぐ人を見ているのだろうか。 鉄幹が亡くなったのは昭和10年の3月。 つまりそれ以前に撮られた写真ということになる。 85年ほ…

もしこの世の中に 

もしこの世の中に 風にゆれる 「花」 がなかったら 人の心はもっと すさんでいたかもしれない もしこの世の中に 「色」 がなかったら人々の人生観まで 変わっていたかもしれないもしこの世の中に 「信じる」 ことがなかったら一日として 安心しては いられな…

加藤道夫の死

マラリアと栄養失調により死線をさまよった劇作家加藤道夫は戦後「死について」でこのように書いている。 死の誘いは既に間近にあった。死ぬなどと云うことは至極簡単なことの様に思われた。唯、ちょっと気をゆるめればいい。精神が生への意志を放棄しさえす…

私は置き忘れて来た

『地上』で有名な天才作家、その後、発狂した島田清次郎の作と言われるものに以下のような詩がある。 銀座の裏に花を置き忘れて来た 緑のトランクはわたしの歓びを入れたまゝ ステヱシヨンに置いてある。 誰にも告げないで夜空に放った赤い風船は 今何処に流…

江湖

漱石の「我輩は猫である」の中に以下のような言葉が出てくる。 「無名の猫を友にして日月(じつげつ)を送る江湖の処士」 格調高い難しい言葉ですね。 江湖は「こうこ」と読む。 つまり川と湖のことで何れも中国の揚子江と洞庭湖のことを言っている。 ならば…

偕老同穴

松本清張の『文豪』を読むと以下のような美文に出くわす。 「逍遥夫妻の仲は睦まじかったと世間は見ている。庭前で老妻は箒を手にし、老父は楽焼き窯に薪をくべる写真や、夫婦揃って老柿の双樹と年齢を競うかの如くに一人は彳(たたず)み一人はかがむ微笑ま…

教訓忘るべからず!

江戸時代、何かと迷信深い日本では地震はナマズが暴れて引き起こすと考えられていた。 昔は、 「地震、雷、火事、親父」 今は、 「地震、原発、火事、津波」 記憶では、私が初めて災害に見舞われたのは昭和34年9月の伊勢湾台風だったと思う。 家の前を濁流が…

末期の眼

牡丹花は 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる 位置の確かさ 木下利玄 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり 道元 形見とて 何か残さん 春は花 山ほととぎす 夏はもみぢ葉 良寛 そして川端康成は言う。 「あらゆる芸術の極意は『末期の眼』で…

極楽へ 越ゆる峠の一休み

文豪大町桂月なんて言っても今や知る人ぞ稀になってしまったが、与謝野晶子が詠んだ「きみ死にたまうことなかれ」を痛烈に批判した人として文壇史に記録されている。号は月の名所、桂浜を縮めて桂月としたもの、その佳月が終の棲家としたのが青森県十和田市…

昭和二十年八月十四日 断腸亭日乗

永井荷風の「断腸亭日乗」の原本は、将来、国宝になるのではないだろうか。 それほど日記文学として優れている。 昭和二十年八月十四日の項を見ると。 燈刻谷崎氏方より使の人来り 津山の町より牛肉を買ひたれば すぐにお出ありたしと言ふ 急ぎ小野旅館に至…

むくつけき男

むくつけき男。 あまり馴染みのない言葉だが「野暮ったい、無粋、無風流、あかぬけしない」という意味で、詩人サトウハチローは自らの名前に満足せず、並木せんざなどというペンネームを考え出し、せんざとは別に、サトウハチローでユーモア小説を書かせてく…

ゆめ 西条八十

なんと優しい眼差しであろうか! 慈愛に満ちたとはこういうことを言うんでしょうね。 お母さんはいったい何を考え思っているのでしょう。 ただ健やかな成長を祈るとき、動物はこのような見つめ方をするのだろうか。 この西条八十の「ゆめ」という詩。 上の写…

皺になるほど

宝船 皺になるほど 女房こぎ 昔の元旦、枕の下に宝船の絵を入れて眠ると良い初夢が見られると言われたらしい。 然し、眠る前にその枕の上で姫始めをすると・・・。 いや笑ったね! 皺になるほど女房こぎって!

遠き世界のごとく

こぞの年あたりよりわが性欲は淡くなりつつ無くなるらしも たのまれし必要ありて今日一日性欲の書読む遠き世界のごとく わが色欲いまだ微かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけり 斎藤茂吉には17,907首の歌があるらしい。この三首はいずれも自身の性欲を歌った…

春風に吹かるる如く思いしもわれ

北原白秋と石川啄木は1歳違いで白秋の方が年長だが、浅草の花柳界で悪い遊びを教えたのは啄木の方だった。 啄木は釧路の花町で芸者遊びをしていたから、その道の先輩。 啄木は生前には殆ど良い噂というのがない。 借金を踏み倒し、女にだらしなく、尊大で嘘…

幾山河越えさり行かば 

戦後、GHQからの出頭命令を前に服毒自殺した近衛文麿の伝記小説を30年ほど前に読んだことがある。その中に近衛さんが好きだった歌として紹介されていたのが若山牧水のこれ。 幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく 幾山河とは「いくさ…

愛情69

愛情 55 はじめて抱きよせられて、女の存在がふはりと浮いて、 なにもかも、男のなかに崩れ込むあの瞬間。 五年、十年、三十年たつても、あの瞬間はいつも色あげしたようで、 あとのであひの退屈なくり返しを、償つてまだあまりがある。 あの瞬間のために、…

日本永代蔵 井原西鶴

江戸時代のベストセラー『日本永代蔵』は、一代で巨万の富を築き上げた藤市(ふじいち)の倹約精神を扱った本だが、その吝嗇っぷりが可笑しい。 年の暮れ、藤市の店に餅屋が注文された餅を届けにやって来た時のこと。持って来たはいいが、搗き立てのその餅を…

破礼句

「破礼句」とは「ばれく」と読み猥褻な句、男女の下半身にまつわる川柳を指す言葉らしいが、あまり下卑過ぎてもいけないらしい。 そこで今日私が選んだ川柳。 出会茶屋 なにか男の わびる声 破礼句の場合、詫びる言葉といえば決まって「もう出来ません、お許…

『女たちへのいたみうた』金子光晴

時に歌人は女の尻を追い、画家は女の裸体を描き、詩人は心を女を開け放つ。 まあ、それはともかくも、金子光晴の『女たちへのいたみうた』は素晴らしい。 あゝ、けふもゆきずりの女たち、みしらぬ女たち、ことばもかはさずまためぐりあふ日もない女たち。う…

意地悪の大工

意地悪の大工の子などもかなしかり戦に出でしが生きてかへらず 啄木 う~ん、日露の役で戦死したいじめっ子を詠っているんですね。 死なれてみると苛められた記憶もなにか懐かしく思われているのか。 「そうですか、あの人戦死なさったんですか」 という啄木…

靉靆覚えず濡ひぬ 

坪内逍遥の日記を読むには現代人にとって苦痛に満ちている。 匹婦の衷情憐れむべし 談漸く贈与金の事に渉り 予が土産を与ふるに及びて 潸然(さんぜん)落涙 声を呑んで喜び謝す 予曰く 予は卿に対して表向きは無関係の人なり 毎月の贈与は仙子の志なり され…

幼年 田中冬二

幼年 柿の花咲いていたりけり そが下に幼きわれら散髪をする 機関車のやうに重きバリカンは 項にひんやりと冷たく触れ また何となく西洋のような匂いす やがて短く刈りあがりしに 母来たりて青き頭を撫し 胸をはだけ乳を滴らし呪して 虫に刺さるるなかれ 風…

蛸章魚願開運陰陽抱叶

獅子文六『娘と私』にはこんなくだりがある。 「あまり夫婦がご無沙汰すると、仲が悪くなるといいますから私の方から、押し掛けるかも、知れません、よろしくて?」 戦前の夫婦関係のことはよく分らないが当時の婦人雑誌には、 「中年の妻は赤い長襦袢を着て…

野晒 北原白秋

明治45年7月5日、東京原宿在住の北原白秋は隣家の年上の人妻、松下俊子と関係を持ち、夫の松下長平から姦通罪で告訴された。 翌6日、白秋は俊子と共に逮捕、馬車で市ヶ谷の未決監に拘留される。 その後、詠んだ白秋の詩。 野晒 死ナムトスレバイヨイヨニ命恋…

小町針

裁縫で使う待針には穴がないらしいが、この待針の由来は小町針にあるという。 どういうこと? 昔の川柳に曰く いかさまの 元祖は 小野の小町なり どうも「百夜通い」という伝説にその由来があるらしい。 自分に思いを寄せる深草少将に小町が、 「百晩、家に…

晡下出社

永井荷風の『断腸亭日乗』には“晡下”という漢字が頻繁に出てくる。 この言葉は今の広辞苑にも載ってない難解な漢字で、類語として「晡時」という字なら載っているが「晡下」はない。 小津安二郎の日記には以下のような記述がみられる。 「晡下出社、別に用も…